みずち

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みずち

 物わかりの悪い幼子に言い含めるように、墨尾は淡々と告げる。  珠は膝の上で拳をぎゅうと握りしめた。 「魑魅など存在しない……にも拘わらず、なぜ匣と呼ばれる者が存在しているのか。以前から疑問に思っていたが、ここへ来てようやく理解できた。珠、お前のような仔を慰みものにするための方便であったのだな」 「っ……」  珠は唇をきつく噛みしめ、目を伏せた。鉄さびの味が口いっぱいに広がる。それを気に留める余裕もなく、我を忘れて愕然としていた。 「……今私が述べた通りだ、珠、あの者たちはお前を騙している。匣など要らぬのだ」  魑魅は剥落した神の穢れのようなもの。  それをなぜ、卑しき人の身が受け入れられようか――珠だって、木偶であるとて馬鹿ではない。 「――った」  墨尾が耳を寄せようとするより早く、珠は立ち上がり、紅涙を絞るがごとく叫んでいた。 「そねえなこと、わかっとった! ずうっと前から知っとったんじゃ!」  まただ。墨尾といると、いつも目玉が倦んだように熱を放ってどうしようもなくなる。潤んだ視界で、墨尾が狼狽えていた。申し訳ないとは思う。しかし珠にもどうすればいいのか解せない。 「でも、知らんふりしとった……拒んだら、ここでは生きてはいけん。木偶のふりして言いなりになるしかなかったんじゃ。悪いのは、わしのおっかあじゃけえ……なんで、ほんとのこと言うんじゃ……」 「……珠」 「信じていたかった、……そねえにおえんことか⁉ 村の役に立っとると、わしがあねえな目に遭うんも意味があるんやと、思っとりたかった……!」  珠が鼻をすすると、耐えかねたように墨尾が立ち上がる素振りを見せる。珠はそれを拒絶するように一歩後じさった。 「今言うたとおりじゃ、わしに行き場やこ、他にない! ここにおるしかないんじゃ。墨尾さまとは違う」
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