墨尾と魑魅

2/4

29人が本棚に入れています
本棚に追加
/60ページ
「この時点でお前たちは私の加護を放棄したことになり、私もまた、お前たちから供物や奉る心といった糧を得られなくなった。お前たちの産土神ではなくなってしまったのだな。……それも、この場所に神事場が造られてからのことだ。以前はここより下手にも家が点在していた記憶がある。少しでも神事が無関係な村人に暴かれる危険性を排除しようとしたのだろう。お前たちの先祖は、飽きの来ない娯楽を得る代わりに、神との関わりを失った」 「……墨尾さまは、守り神様だったんじゃな」 「かつてはそうであったはずだ。あの沼にも、『底なし』以外にも名があった。とうに忘れてしまったが」 「ご先祖は、どねえに、なしてそねえ罰当たりなこと……」 「……悪いのは、私の方だったのやもしれぬ」 「墨尾さまが?」  遣る瀬無いとでも言いたげに、嘆息とも息継ぎともつかぬ息を漏らし、墨尾は続ける。 「元来、私たち化外のものは、お前たちの念に左右される脆い存在だ。おのれが生き延びるためにお前たちに加護を授けているに過ぎぬのだ。そんな中で、時には害してしまうこともある。生き物で言うところの病だ。お前たちの信心や儀式だけでは治りきらぬ場合、それを大地に移すことで自身の浄化を図るわけだな。そうすることで元の力を取り戻し、すぐに振り撒いた穢れも祓うことができるようになる。悪しきものは何一つ土地には残らない――はずだったが、病が進行し、恒常的に周囲が穢されたままになると収拾がつかなくなる」 「今が、それか」 「そうだ。そしてこの穢れは厄介なことに人の間で増幅され、膨れ上がって私に還されることがある。珠ならばわかるだろう、匣の神事だ。あれがこの病に拍車をかけ、私を限界まで追い込んだ」 「……」 「だが……妙なことに、以前は匣などというものはこの村には存在しなかった。持ち込んだ者がいる。その隙を作ったのは、一時的に衰えていた私なのかもしれない」
/60ページ

最初のコメントを投稿しよう!

29人が本棚に入れています
本棚に追加