墨尾と魑魅

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「……わからんようになってきた」 「つまり、私が病んだがために神事などという馬鹿げたことが行われるようになったのか、神事が行われるようになったが為に私が病んだのか、どちらとも言えぬというわけだ」  墨尾はゆるゆると首を横に振り、そっと珠の頬を両手で包みこんだ。愛おしむような手つきに、珠も自然と自身の手を重ねることで応える。 「それが、お前を――最後の『匣』救い出そうと決めた所以だ、珠」 「わしを……」 「そうだ。私はこれまで、自身の力の衰えを理由に、神事と匣から目を背け続けて来た。いや、違うな……そうして関与せず見守ることもまた、私の役目ではあったのだ。何が起ころうと手を貸さぬというのもまた、選択のひとつではあった。だが、それではいけなかったのだ。終わりが近づいてようやく気付いた。歴代の『匣』は蔑ろにされ、愛した土地は欲に塗れて消えようとしている。……私は、諦観せず、怯えず、すぐに匣と呼ばれる異物を村人から取り上げるべきであったのだ。さすれば病が悪化の一途を辿ることもなく、じきに少しずつ癒え、人々を、土地を、元に戻すことができたかもしれない」 「……」 「私のせいなのだ、珠。お前がかような憂き目に遭ったのも、村人らが醜い欲に溺れる悪鬼へと変容してしまったのも」  つまり、墨尾は罪滅ぼしをしようとしているのか。最後の犠牲者たる珠を救うことで。 「……わしが助かったとて、他の村のもんはどうなる? 赤子も、何もしらねえ女子もおる」 「あの者たちが私の言葉に素直に従うと思うか?」 「……じゃけど。せめて、村の半分ぐれえ残してやることはできんか」 「無理だな、力を制御できない……何も私自身の意思でこの村を滅ぼしてしまおうというのではないのだ。私はもうじき消滅する。それにともない、主を失ったこの土地が無に還される」 「そんな、墨尾さまが……!」
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