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「案ずることはない、それが今すぐとは限らない、我らの時は永い。眠りにつけば、数年は持ちこたえられるやもしれぬ。……お前は、流れる血まで清らかなままだ。だが、その村の赤子や女子は違う、ふたおやの双方から悪鬼の血を引いてしまった。その穢れは引き継がれ、いずれにせよ破滅を呼ぶ。お前たち一族だけが、虐げられた代償にその身の内を穢さずに済んだ。……皮肉なものだな」
墨尾は珠の頭を慰めるように撫でた。その光を失いかけた瞳が、どうかここを出て生き延びろと訴えかけてくる。確かに、このままいずれ沈みゆく泥船に乗り続けるいわれはない。どうせどこで暮らそうと同じ事、それが墨尾の願いだというならば、たとえ惨たらしい未来が待ち受けていようとも叶えてやりたい。
だが、墨尾はどうなる。村と共に沈むか、他所で命果てるか。どのような選択を取ろうとも、緩やかに死にゆく結末を迎えるだけではないか。
「墨尾さまが、もうすこしだけでも生き永らえる手立てはないんか」
「……私が?」
墨尾は一瞬だけ眉をひそめ、ふいと視線を外してふたたび珠を見た。
「あるんじゃな」
「……だが、今の私ではそれさえ成し遂げられるか危うい。どちらにせよ、この村はしまいだ」
「やってみねえとわからん。わし、この村が無うなるんは何とも思わん。けんどわしが生きとる世に、墨尾さまがおらんのは嫌じゃ」
墨尾は虚を突かれたような顔をして、小さく息を吐き、言い放った。
「……人を、生身の人間を、食えばいい」
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