このむらのもの

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このむらのもの

「人を……」  面食らった珠が息を呑んだ瞬間、けたたましい音を立てて神事場の戸が蹴破られた。  いつの間にかざあざあと雨脚が強まっていた。戸が一枚外れただけで、雨音が一際大きく響く。警鐘のように驚愕する珠の焦燥感を煽る。 「珠っ……おめえ、やっぱりか……!」  戸口から箕笠を纏った五人の男がずかずかと入り込み、墨尾を見止めてぎょっと目をいからせた。 「わしの言うた通りじゃろう! この淫売が! 薄汚れとるくせに極楽みてえなぼっけえええ香りがすると思うたんじゃ!」  珠は無意に己の身体をかき抱いた。なんということだ。彼らが訪ねて来たのは墨尾と交わった直後のことだ。その尊き芳香が知らず知らずのうちに珠の身体へと移っていたのだろう。  村長が「いけ」と下知を飛ばすと、なだれ込んできた男たちは珠を押しのけ、墨尾を取り囲んだ。 「はあ、どこぞの若旦那さまか……身なりはええですが、お供はおらんようですなあ。さしずめ、隣村の口の減らねえ庄屋が口を滑らしたいうところけえのう。匣を使うにゃまずはわしを通してもらわんとならんのですが、どうやらもう既に手を出されたようですなあ。筋を通されんとなると……」 「ま、待ってつかあさい、村長さま! わしじゃ、わしが迎え入れたんじゃ、そん人はなんも知らんで」 「よせ、珠」 「じゃかあしい! 珠、おめえはこん村のもんじゃ! 物が勝手な真似しよって、おめえにも罰はあるけえそう急ぐんでねえ」  珠は間に割って入ろうとしたが、一人に羽交い絞めにされ自由を奪われてしまう。貧しく飢えていようとも、珠を抑えるだけの膂力はあるのだ。上背があるとはいえ、病身の墨尾が太刀打ちできるとは到底思えず、珠は固唾を呑んだ。 「……どのようにすれば、筋を通したことになる?」
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