くしげ

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 珠が表情を強張らせると、しまったとでも言いたげに男たちが口を噤んだ。口を滑らせた方の男は、口が軽く傲慢だと陰口を叩かれている青年だ。おまけに、幼子や獣といった己より弱いものを甚振ることを好む。珠もその『弱いもの』のひとつだ。 「なんじゃ、いつもならとっくに我を忘れて善がっとる頃じゃろうに、まだ正気だったんか」 「案ずるでねえ、今に右も左もわからんようになる……」 「や、嫌じゃ……! なんでそねえに苛めるんじゃ、わしが何をした?」  珠は半ば本気で、ぽろりと涙をこぼした。あとの半分は芝居だ。この男の嗜虐心を呼び覚ますための。案の定、片方の男はにたりと底意地の悪い笑みを浮かべると、目線の高さを珠に合わせるよう屈みこんでくる。 「珠、おめえ本当にめでてえやつじゃのう」 「これ! 余計な口を」 「親父は黙っとけ、こいつにゃ身の程ってもんを分からせにゃおえん。珠、お前のおっかあはなあ、匣のお役目が嫌んなってあすこの沼に身を投げたんじゃ」 「…………え?」 「おお、ええ顔じゃ、たまらん。病だのなんだのは嘘じゃ。あと十年はつこうてやる寸法が台無しじゃったらしい。おっかあさえ生きてりゃ、おめえも子をこさえるまで、お役目せんで済んだやも知れんのにのう、薄情なおっかあじゃ」  予想外の真実に、珠は呆然としていた。はは、と男たちが軽快に笑う声が妙に遠くに聞こえる。
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