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右目にかかる前髪を揶揄しつつ払いのけた男が、断末魔の叫びを上げる。
頭上へと掲げられた彼の右手は、先端から肩へと、きらきらと輝く硬質な黒い鱗に覆われていくところであった。その鱗が現れた箇所から、腐臭を放ちながらどろりと皮膚が溶け落ちていく。
何を一人で泥遊びしているのかと呆れ顔であった男たちの貌に、途端に怖気が走った。
「手っ、腕っ、腕がああ!」
「よ、寄るでねえ!」
「魑魅じゃ……まじもんが、ほんとに……」
男たちが騒ぎ立てるのを、強烈な雷鳴が遮る。どぉん、と僅かに地面が揺れ、誰もが情けのない声を上げて竦み上がった。
「珠!」
「す、みお、さまっ……!」
頭を抱えて蹲る男たちには目もくれず、珠は墨尾が広げた腕の中へ飛び込んでいた。
その墨尾の顔を見上げて、しかし息を呑む。その右目の眼窩に目玉は無く、赤黒い血ともつかぬ何かが滴り落ちているばかりであった。
「は、匣が逃げるぞ!」
「追え! 封じねば、魑魅を封じねば!」
いきり立つ男たちを墨尾が片手で制すと、それだけで男たちはじりじりと後ずさった。
魑魅が――いいやこの地の澱みを祓わんと発せられる神気が、己の身を蝕むことを恐れている。墨尾も村人らも、匣を巡り滞留した邪気に取り込まれてしまった。この場でその障りを受けぬのは、穢れなき珠のみ。
村人らは、己らこそが魑魅となり果てたことに気づけない。
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