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「珠、私が此処を食い止める、お前は麓まで逃げろ」
「! 何を言うんじゃ」
「春も盛りを終えた、お前ひとりなら山を越えられるはずだ。諦めずに生き抜け、お前の生を全うしろ」
「逃げられると思うなよ珠! お前のせいじゃ、お前が化物と通じたせいで、匣が意味を失くしたんじゃ!」
「末代まで呪ってやるからな! 逃げ延びたとて、おちおち平穏に暮らせると思うな!」
「っ……」
ああ、また八方ふさがりだ。墨尾の願いは叶えてやりたい。だが、墨尾のいない世界で怯えて暮らすことが、彼を見捨ててまで手に入れるべき道とは到底思えない。
だが、決めねばならない。
「……墨尾さま、こっちじゃ!」
「! 珠⁉」
ぐい、と自分でも驚くほどの力で墨尾の袖を引き、神事場を飛び出た。
外はしとしとと雨が降り続いていたが、聞こえていた雨音ほどではなかった。視界は案外くっきりしている。珠には進むべき道がはっきりと見える。
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