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「っ、珠、どこへ」
「沼じゃ、墨尾さまの沼……!」
膝まで伸びた草をかき分けるようにして丘を駆け下りつつ、珠は背後の墨尾に叫ぶ。
「わしは一人は嫌じゃ。じゃけえ、墨尾さま、わしを食ろうて生きてくれ」
「な……何を言う! お前を喰うたとて、私が治癒するとは限らん! もう何百年と贄を食うてはおらんし、もう私にお前たちを見守るだけの資質はない」
「それでもじゃ! お願いじゃ……もう一人は嫌じゃ、墨尾さま。ここから出ても、わしは結局また一人じゃ。もう耐えられんのじゃ。なら、いっそのこと墨尾さまの一部んなって、沼底でずうっと一緒におりたい、おえんか」
沼辺までたどり着き、珠は墨尾へ向き直った。硬直の解けた村人たちが、神事場からこちらへ下りてくるのが見える。こみ上げた焦燥感は、墨尾の柔らかな声に掻き消された。
「……お前は昔から愛いな、珠」
「え?」
「お前は記憶にないだろうが、お前はこの沼で、母御の亡骸を発見しているのだ」
「……わしが? おっかあの死体を見つけた?」
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