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「そうだ。泣きじゃくるお前を見捨てておけず、小蛇をあやつったりこの腕に抱いたりして宥め、こっそり家を送り届けた。その時の記憶は、哀れに思って私が消し去ったしまったのだが……お前のぬくもりと野花がほころんだような笑みが忘れられずに、こうしてまた手を出してしまった」
「そうじゃったんか……」
「覚えていたら、何か変わったのだろうか。自分でこの村を出るだけの怨念を抱けたのかもしれないな……」
「ど、どうじゃろうな。じゃが、ここにおったから墨尾さまと契れたんじゃ、それでええ」
「……どうせこの手に堕ちてくるならば、あのとき既にこうしておれば、お前は手ひどい目に遭わずにすんだか」
墨尾は珠をそっと抱き寄せると、優しくその唇を塞いだ。
「珠、幽宮というものを知っているか」
「かくり」
「水の底には、水界を統べる龍王が住まう城があるのだ」
わらわらと喚き立てながら駆け寄ってくる男たちの真隣に、ごろごろぴしゃりと小さな雷が落ちる。草地の一画が焦げ、男の一人は転び、残りは神事場へ駆け戻ろうとしたり、尻もちをついたり、散々の有様だ。
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