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珠の目に映る墨尾は、やつれているもののまだ息災であるのに、どうして村の終いが訪れたのだろう。あるいは、墨尾の終りとは異なる天の神仏による罰なのか。
「それは、ぼっけえ綺麗なところなんじゃろうな」
珠は困惑気味に応えた。墨尾の真意が見えない。やはり、珠を喰うのは嫌なのだろうか。はらはらする珠の頬を、墨尾はそっと撫でて、囁く。
「見に行こう、珠。……私の言葉を、信じてくれるのならば」
「……ああ! 行く! 墨尾さまと一緒なら、外つ国だって着いていく!」
珠が墨尾の頸に縋りつくと同時に、ゆらり、倒れるように墨尾の身体が傾ぎ――。
次の瞬間、二人の身体は、青緑色の水面へと叩きつけられていた。
激しい水飛沫のあと、とぷりとその人影が吸い込まれるように消える。
こぽこぽと上がり続けていた気泡は、間もなく、ぴたりと止んでしまった。
ややあって、まるで潮が引くように雨が止んだ。
沼の水面を叩く雨粒が失せると、辺りはしん、と静まり返ってしまう。風に揺れる葉擦れの音も、獣の気配も、一切がなりをひそめる。
まるで、主の死に喪に服したかのように。
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