3.お姉ちゃん

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 首を傾げる私に「ひょっとしたら」と母は寂し気な笑みを浮かべた。 「亡くなったお姉ちゃんが戻ってきてあんたに教えてくれたのかもね。あんたさ、お姉ちゃんがいなくなって泣いてばっかりだったもん」 「お姉ちゃんが……? まさかぁ。でも確かに私、ずっと泣いてたね。もう目が腫れちゃって痛くて痛くて。せめて夢で会えないかなってよく思ったのになぜかお姉ちゃんの夢って一度も見たことないんだよね」  当時のことを思い出すと今でもぎゅっと胸が締め付けられる。 「あの頃、あんたすっかり口数も少なくなっちゃってさ。父さんと一緒に随分心配したよ。でもそういえば……夏になって急に明るくなったのよね。あれ? って思ったの覚えてる。やっぱりお姉ちゃんが来てくれたんじゃない?」 「そっかぁ……。ちょうどお盆の時期だったもんね。お姉ちゃんが帰ってきて私と一緒にマフラー編んでくれたのかもね」  何となくしんみりした雰囲気で私と母は黙り込む。何気なくダイニングテーブルに視線を移すときゅうりの馬が置かれていた。亡くなった人が足の速い馬に乗ってすこしでもはやく戻って来られますように、と願って作られるきゅうりの馬。 「あっ……」  私はふと思いつき、真っ赤なマフラーをするするとほどき毛糸玉にしていく。 「何してるのよ、千里」 「まぁ、見ててよ。えーと……」  すっかりマフラーをほどき終えた私はスマホを取り出し〝指編み〟と検索する。いくつか出てきたサイトのうちのひとつをタップして画像とにらめっこしながら指で毛糸を編んでいった。 「さ、できた。はさみ、はさみと」  余った毛糸をはさみで切り、編み上がった細くて少し不格好なマフラーのようなものを母に見せる。 「あら、なぁにそれ?」 「ふふん。これはね、こうするの」  真っ赤な毛糸で編んだマフラーもどきをキュウリの馬にかけてやる。 「あらまぁ、馬にネックレス?」 「違うよ、手綱だよ、手綱。お姉ちゃんってさ、あんまり運動したことなかったからきっと馬に乗るのも苦手でしょ? でもこれで大丈夫。今年はきっといつもより早く帰って来られるよ。……会いたいな、お姉ちゃんに」 「もう、千里ったら」  突然母がぽろぽろと大粒の涙を流す。 「やだ、やめてよ母さん」  私も鼻の奥がツーンとしたが何とか涙を堪えた。 「せっかくお姉ちゃん帰ってきてくれるんだからさ、泣いてちゃダメだよ」 「そうね。お夕飯にはあの子の好きだったものでも作りましょうかね」  母はエプロンでそっと目頭を押さえると笑顔で言った。  その夜、私は初めて姉の夢を見た。夢の中の姉はきゅうりの馬に跨り、満面の笑みを浮かべ真っ赤な手綱を握り締めている。 「お姉ちゃん!」  私がそう呼び掛けると姉は「ただいま」と言って大きく頷いた。その後私たちはたくさん話しをした。残念ながら目覚めると同時に話の内容はほとんど忘れてしまったけど。 「帰ってきてくれたんだ……」  そう呟いて起き上がると、懐かしくも慕わしいあの甘い香りがふわりと鼻先をかすめた。ああ、間違いない、これはお姉ちゃんのシャンプーの匂い。私はそっと呟いた。 ――おかえり、お姉ちゃん。 了
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