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最後に取り出したのは一番奥にあった小さなミカン箱。中に入っていたのは小学生の頃使っていた文房具の数々だった。
「うわぁ、懐かしい! こんなの取ってあったんだ。あ、この消しゴム覚えてる! そうそう、この香り!」
匂いというのは記憶に残りやすい、なんてことを聞いたことがある。消しゴムの香りに当時の記憶が蘇ってきた。これは確か隣の席にいた……高橋さん? からもらったものだ。懐かしく思いながら文具を取り出していくと一番下にビニール袋に入った赤いものが見えた。
「何だろ……ん、マフラー?」
袋から出してみると確かにマフラーだった。既製品ではない、手編みのマフラー。
「あ、これって……!」
私はマフラーを握りしめ母の元に向かった。
「ねぇ、母さん! 見て見て!」
「どうしたのよ、そんなに慌てちゃって」
母が掃除機片手に振り返る。
「ほら、これ覚えてない?」
「マフラー? こんな真夏にあんたマフラーするの?」
「違うよぉ、これさ、私が作ったんだよ。小学生の時。覚えてない?」
「不器用な千里が手編みのマフラー?」
「うん、まぁ不器用なのは今もだから否定しないけど。お母さんが編み方教えてくれたんじゃなかったっけ?」
いやいや、と母は首を横に振る。
「母さんも千里と同じぐらい不器用だもの。母さんじゃないよ。それにこれ、指編みだよね。母さんこんなのやり方知らないから」
そう、私が手にしているマフラーはかぎ針編みでも棒針編みでもなく、指編みで作られていた。
「あ……教えてたの、お姉ちゃんじゃない? あの子、器用だったから……」
体の弱かった姉はほとんど外に出ることができずいつも部屋で過ごしていた。それもあってか手芸がとても得意だったのを覚えてる。
「ううん、お姉ちゃんじゃないよ。だって……これ編んだの小学三年生の夏だもん」
その年の春、姉は亡くなっている。姉のはずがなかった。
「三年生の夏? そっちの記憶が間違ってるんじゃないの?」
「絶対に小三の夏なんだって」
自信満々に言う私を母が訝し気に見る。
「なんでわかるのかって顔してるね。これさ、夏休みの自由研究で作ったんだ。だから覚えてるの」
「自由研究にマフラー?」
「そう。先生が手作りのものを持ってきてもいいって言ってたから。これさ、すっごく苦労したんだよ。ああ、思い出してきた! 夏だから毛糸触ってるだけでも暑くてさ、まさに血と汗と涙の結晶ってやつ」
「いやだ、汗だけでしょ」
そう言って母は笑う。その時不意に、魔法のように毛糸を操る白くて華奢な指先が脳裡に浮かんだ。確かに母の指じゃない。
「ああ……確かに母さんじゃなかったみたい。でも、じゃあ誰に教わったんだろ……」
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