7年後

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7年後

 年明けの病院は、混み合う。  分かっていたのだが、どうしても、今日、来るしかなかった。  病院の正面玄関に、正月飾りが置いてあった。一人暮らしにとっては、こんな機会でもないと、正月を感じることはない。  冬樹には、この時期になると、必ず思い出すことがある。7年前の年越しの夜、無人駅に取り残された。あの時の、不思議な体験は、今だに鮮明に覚えている。しかし、それは年を追うごとに、現実のものと思えなくなっている。  あの路線は、数年後、高速道路が近くを通ったことにより、その役目を終え、閉鎖された。あの無人駅に行く術は無くなった。山頂から、湖を望むことも、今となってはできない。あの日から、一度も訪れることはなかったが。  冬樹は、大学を卒業した後、都内の自動車関連の会社に就職したが、事情によりこの春退職した。  両親は、この3年の間に、相次いで他界した。そこで、都心にあった実家を処分して、この都市にマンションを購入し、引っ越してきた。それは、この病院に通うためでもあった。  待合スペースは、とても混んでいた。  どうせ、放送で名を呼ばれるのだから、少しくらい離れていても大丈夫だろうと考え、いつもとは別の場所に座っていた。子供が多いなと漠然と考えていた。そうか、まだ冬休みか…と一人ごちた。 「スジカイさん、スジカイ……さん、4番の診察室にお入りください」  そのアナウンスを聞いた時、驚いて思わず立ち上がった。  確かに『スジカイ』と言っていた。その名を聞いたのは、7年振りだ。あれ以来、一度も聞いたことがなかった。とても、珍しい名なのだ。  慌てて、4番の診察室を探す。ドアが閉まったところだった。  診察室のプレートを確認する。  『小児科』  がっかりした。彼女ではない。  でも、もしかしたら…、という思いが捨てきれない。立ったまま、小児科のドアを凝視する。  10分程して、ドアが開いた。  ヒョイっと出てきたのは、男の子だった。  やはり、違ったか…。気落ちして、再び座ろうとした時、息が止まった。  …彼女だ…!  男の子に続いて、診察室から出てきたのは、7年前、あの無人駅で、一夜を共にした女性に間違いなかった。  7年の月日は、彼女を大きく変えてはいなかった。あの駅で見た時は、青白かった頬が、艶めいて健康そうに見えるくらいだ。  男の子の手を引いて、何か話しながら、歩み去っていく。  足がもつれて、うまく動かない。焦りながら、追いかける。  会計窓口の近くで、やっと追い着いた。 「筋交さん!」  思いもかけず、大きな声が出た。  相手が振り返る。  ポカンとした表情が、見る間に驚きに変わっていく。 「…冬樹くん…ね」  驚きの表情が、さらに崩れていく。瞳が潤んでくる。泣き笑いのような顔になる。 「だあれ?」  男の子が、不思議そうに見つめる。  膝を曲げて、目線を合わせる。 「刀川冬樹です。お母さんの知り合いだよ。君のお名前は?」 「筋交とうま!」  えっ?  思わず、彼女を見つめる。 「冬の馬。…で、冬馬」  彼女が、呟く。 「…まさか…」  しばらく、声もなく、互いに見つめあっていた。
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