十四年の旅の末、勇者様との結婚を命じられました。

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「——その後、勇者一行は三年の歳月を魔族討伐に費やした。魔王討伐までの日数と合わせ、十四年! 短くとも長き道のりは過酷そのもの! 旅立った仲間を失った。新たな仲間が加わった。苦しくも苦い思い出を抱えた我々は十四年ぶりに懐かしい祖国へ帰国した! 聞こえるか諸君、この歓声を!」  しんと静まり返る馬車の中、まるで役者のように大きな手振りでモーリスは語る。大声で抑揚(よくよう)をつけて話すのを同席する三人は冷めた目で見つめた。 「おいおい、つれねぇな。もっとテンションあげようぜ!」  誰からも反応を返して貰えないモーリスは、この場で最年少のルナに絡む事にしたらしい。一般的なものと比べて広いが、大柄なモーリスが動けば誰かしらの足に当たる。  モーリスの正面に座っていたライラは、足を横に寄せて当たらないようにした。 「なあ、ルナ。聞こえるだろう? この歓声を! 俺達の帰りを祝福する民衆の声を!」 「聞こえない」 「おいおい、ガキの癖に耳が遠く……ん? 確かに聞こえねぇな」  馬車は王都を駆けている。目隠しのカーテンをめくり、外を見ると勇者一行を一目見ようと集う民衆が溢れかえっていた。  この王都に住むであろうほぼ全ての人間が馬車を囲んでいるのに不自然なほど何も聞こえない。  理由に心当たりがあるモーリスはライラへと顔を向けた。 「ライラ、音を消すなんて無作法な真似すんなよ。奴らは俺達を出迎えてくれたんだぜ? その声を聞かないなんて酷いやつだ」 「モーリス、気付かなかったの? ライラ、ずっと消音魔法かけてたよ」 「んん? んー、いやいや気付いていたさ!」  モーリスが手を左右に振って否定する。気付いていなかったのは明らかだが、矜持(プライド)のせいか「俺は民衆の心の声をだな」と不思議な言い訳を繰り広げた。  その頬は少し赤らんでいる。羞恥(しゅうち)からきたものではなく、酒を飲んだからだとライラは推測する。常日頃のように前後不覚になるほど深酒していないのは、これから対面する人物への敬意からだろう。  本音を言うと一滴も飲んで欲しくはなかったが、こうしなければ不安と緊張に(さいな)まれ、受け答えもままならない。失言をしない限りは大目に見てあげよう、と思った。 「ねえ、ライラ」  隣に座るルナは甘えるようにライラの腕に抱きついた。 「まだ着かないの? 転送魔法使おうよ」 「駄目よ。これは英雄の凱旋(がいせん)なのだから、国民の気持ちを無碍(むげ)にできないわ」  ライラはルナの頬を優しく撫でる。 「なら、魔法解けよ。民衆の声に耳を傾けようぜ」 「でしたら、モーリス様だけ解きましょうか」  言うや否やライラはモーリスに施した消音魔法を解いた。  二秒も経たず、モーリスが両耳を塞いで「消音! 消音!」と叫ぶのでまたかけてやる。こうなる事は分かっていたのだから大人しくしていればいいのに、とライラは思った。 「耳、取れると思った……」 「取れてしまえばよかったのに」  毒を吐くルナを(たしな)めつつ、「それにしても」と前置きしてライラはため息をこぼす。 「なぜ国王陛下はわたくし達を呼んだのかしら。旅はまだ途中だというのに」 「あ? んなもん決まってるだろ。なあ! カーティス!」  モーリスはにやにやといやらしい笑みを浮かべて、今まで無言を貫くカーティスの肩に腕を回した。 「が終わったんだもんな~」  これが他人ならカーティスはとっくの昔に殴っていた事だろう。誰も手綱を握れない獣でも十四年の月日を共にした仲間には情を覚えるらしく、不快そうに眉根を寄せるだけに留めている。  だが、いつ短気なカーティスがキレるか分からず、ライラはひやひやした。悲しいことにカーティスはライラ達三人が束になってかかっても敵わない程に強い。  最悪の事態が起きた場合、モーリスを生贄(いけにえ)に、ルナと避難しようと心に決めた。 「カーティス様に絡むのはおやめなさいな」 「あ? んじゃあ、ライラが構ってくれるのか?」 「嫌です」  酔っぱらいに絡まれるなんてごめんだ。ライラは冷たくあしらい、視線を窓の外へ向ける。  不思議なことにカーティスがモーリスの相手をしてくれるようだ。思ったよりも機嫌がいいらしく、モーリスの自慢話や脈絡のない話に相槌(あいづち)をうっている。  馬車の中は普段の旅と同じ雰囲気で満たされていたが城が近付く度に、ライラの心は得も言われぬ不安が広がっていた。
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