十四年の旅の末、勇者様との結婚を命じられました。

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 ヴァロン王国が王、アルバートは十四年ぶりに故郷に足を踏み入れた三人を大広場にて出迎えた。贅沢三昧だったからか、年齢からかは不明だがすらりとした体付きがでっぷりと肉々しくなっていて、ライラは驚いた。  モーリスは緊張から、カーティスは興味ないからか平然としているが変わりすぎだ。一瞬、誰か分からなかった。 「ご苦労、諸君。かの悪名高き魔王をよくぞ討ち取ってくれた」  アルバートは代表者であるカーティスに語りかけた。  カーティスは答えない。頷きもしない。恐ろしいまでに完璧な無表情をアルバートに向けている。 「セドリック・アッカーの件は残念で仕方がない。四人揃ってまた会いたかったものだ」 「……」 「彼は英雄の一人として歴史に名を残すことだろう。もちろん、諸君らもだ。魔王を討伐し、満身創痍の中、世界のために己を犠牲にした精神、称賛に値する」 「……」 「……カーティス・オルコットよ。何か話してもよいのだぞ」  それでもカーティスは無言を貫く。  さすがに気まずくなったのかアルバートが助けを求める眼差しをライラに向けた。 「お久しゅうございます。国王陛下」 「久しいな。ライラ・パーシヴァル。“春の宵”と呼ばれたそなたの不在を貴族の男達は悲しんでいたぞ」  まあ、とライラは上品な動作で口元を覆い、微笑む。公爵家の出身であるライラは、こういった場には慣れている。カーティスの冷たい対応に疲弊(ひへい)していたアルバートにとって、助け舟に見えたようで次々と他愛のない話を振ってきた。 「娘ができたそうだな」 「はい。旅にでて三年目に魔族に襲われた村で唯一生き残った子を娘として迎えました。正式な手続きはこれから行う予定です」 「ほう、その娘はどこいる? 姿が見えんな」 「名前はルナといいます。ルナは別室にいるので、国王陛下がよろしければ後で紹介いたします」  ルナはヴァロン王国民でもなく、アルバートが厳選した勇者一行の仲間に正式に認められていないことから別室での待機を命じた。強がりなところもあるがまだ子供。国王との謁見(えっけん)は緊張していたようで、安堵(あんど)していた。  可哀想ではあるけれど、公爵家の人間になれば、嫌でも王族や貴族と接点を持つことになる。王族にしては寛大(かんだい)なアルバートを練習相手にしようとライラは決めた。 「四十も近いというのにあいも変わらず美しい。そなたが良ければ予の妃に、あ、いや、なんでもない。すまん。本当にすまない」  滑舌よく話していたのに急にしどろもどろになったのでライラは怪訝(けげん)な目を向ける。  アルバートは顔を真っ青にさせて、だらだらと冷や汗をかいている。まるで首元に刃物を当てられたような、命のやりとりがある際にする表情だ。  ライラの気遣わしげな視線を受けたアルバートはわざとらしく咳払いをすると一変して、真面目な顔を作った。顔は青白いままだが。 「旅も大詰めではあるがそなた達の任を解くことにする。残りの人生は何一つ憂うことなく過ごせるように手配しよう」  アルバートはカーティスに向けて言葉を発したが、またもや完璧な無視を決め込まれていた。  予想通りだとライラは頭を深く下げる。すかさず魔法を使用してカーティスとモーリスの頭を押した。動作はぎこちないが二人共頭を下げたのを確認してから了承の意を伝える。  ——任を解くことにする。  つまり、ライラ達の旅は正式に終わりであることを意味していた。  これからは本格的に家業に専念しなくては、と意気込むライラを一瞥(いちべつ)したアルバートは「それから」と前置きすると信じられない言葉を発した。 「勇者カーティス・オルコット、魔導師ライラ・パーシヴァル、両者の結婚を命ずる」  慎重な硬い声にどうやらこれが本題だと察したライラはラベンダー色の瞳を大きく見開かせた。  すぐさま隣にいるカーティスを盗み見る。国王相手にも臆さず、己を貫くカーティスが今の言葉でキレるのではないかと危惧(きぐ)すると同時に拒否して欲しいと願う。平民ではあるが勇者である彼はある程度の発言力を持っている。  王命であってもこの世界を救った英雄の言葉があれば、断ることは可能だ。 「承知いたしました」  しかし、ライラの願いと反してカーティスは珍しく笑顔を浮かべると深く頭を下げた。怒るどころか嬉しそうに自分とライラの結婚を受け入れる言葉を吐き出した。  祝福ムードの周囲と裏腹にライラは自分の直感が間違っていないことを理解し、卒倒しそうになるのを公爵家次期当主のプライドで堪え忍ぶのだった。
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