十四年の旅の末、勇者様との結婚を命じられました。

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「お前を国に返せば、すぐお婿さん迎えるわ、身分も違うから会えなくなるからなぁ」 「手紙をいただければ、時間を作る事は可能ですのに」 「そういう事じゃないんだよ」  モーリスは酒瓶に直接、口をつけて豪快に(あお)る。 「お前がルナに勉強を教えていた時、カーティスは何をしていた?」  村を魔族に殺され、変える場所がないルナを公爵家の養子に迎えるには必要最低限の教養が必要だ。旅路の合間にライラはルナに読み書きを教え、テーブルマナー、社交界のマナーを叩き込んだ。  その間、カーティスは何をしていたかと問われても自分達の側で宙を見つめていたとしか言えない。身分相応の学力しかないカーティスは読み書きができないので、ライラが勉強を教えると言ったが断られた。  あれ、とライラは手の中にある婚姻届を見つめる。少し歪だが、丁寧な文字で記入されている。カーティスが他人に代筆をお願いするなんて考えられない。これは誰が書いたのだろうか? 「公爵家の婿養子になるなら教養が必要だからな。読み書きできない男じゃ落とされちまう」 「婿養子?」 「カーティスがルナを大切にする理由は?」 「ルナが可愛いから?」 「お前が養子に迎えると公言したからだ。馬鹿め」  モーリスは酒を呷る。中身が出ないと知るや否、ふらふらと立ち上がった。 「ルナはお前の娘。お前と結婚したら自分の娘にもなるんだから当たり前だろ」 「待って下さい。その言い方じゃ、まるでカーティス様はわたくしを好きだと聞こえます」 「あいつの行動を思い返してみろ」  言われた通り、ライラはカーティスの行動を振り返る。読み書きがまったくできなかったカーティスがこうして婚姻届を記入するようになった。ノックの仕方も分からず、勝手に入ってきたのに注意してから守るようになった。モーリスや亡くなったセドリックが娼館へ誘っても嫌そうにしていた。そういえば、ライラがピンチの時は必ず助けてくれる。モーリス達の時は命に関わらないと助けないのに。  そこまで考えるとライラは両手で顔を覆った。顔が火に(あぶ)られたように熱い。いや、火が出てしまいそうだ。 「やっと分かったか」  モーリスはにやりと唇を持ち上げると眠るルナを抱き上げた。 「ほぅらルナぁ、寝るならお部屋にいこうぜ」  モーリスが応接間を後にしようと扉を開けて、出ていく姿が指の間から見えたがライラは止める事ができなかった。 「——おい、カーティス。あとは自分でどうにかしろよ。お節介はこれっきりだからな」  その言葉が聞こえて、ライラは弾けたように席を立つ。  扉の方向を向けば、見慣れたプラチナゴールドの髪が揺れていた。扉越しでずっと聞かれたのだと理解したライラはすぐに駆け寄ると扉を閉めた。 「ライラ、開けてくれ」  カーティスにとって、こんな扉、紙同然だと知っている。その気になれば腕力のみで打破できるのに、強硬手段を取らない時点でライラの考えを尊重してくれるつもりなのは分かっていた。 「自分の言葉で伝えたい」 「む、無理です!」  無駄な抵抗なのは分かっている。  だが、扉を開けるわけにはいかない。真っ赤な顔は絶対に見られたくない。ライラは取っ手を掴む手に力を込めて、籠城するのだった。
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