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それなのに。
私たちは引き裂かれた。
突然警察が部屋に乗り込んで来て、王子様は連れ去られて、私は検査の末に入院させられた。
母は、私がストックホルム症候群だと言った。
ストックホルム症候群。被害者が加害者と一緒にいるうちに、好意を抱いてしまう現象。
説明されても理解できない。私と王子様の物語に、被害者も加害者もいない。この恋は病気なんかじゃない。
「雛は誘拐されて、ずっと監禁されてたのよ!?こんなに痣だらけになるまで殴られて、女の子なのに……それを王子様だとか、ふざけたことを言うのはやめてちょうだい!あなたはおかしくなってるの、病気なのよ!」
母は泣き崩れた。
痣になるほど私を殴ったのは他でもない母だ。服で隠れる場所を選んで何度も殴ってきたくせに。
王子様が手を上げるのはいつだって私のためだった。私が馬鹿だから、物分かりが悪いから、間違えるから。殴るのだって手が痛むだろうに、私のために教育を施してくれた。
「全部、雛のためだよ。雛に素敵なお嫁さんになってほしいからなんだ」
いつだってそう言って抱きしめてくれた。頭を撫でて笑ってくれたのだ。
王子様は嘘をついたりしない。だから全部私のため。私は幸せだったのに!
医者も私を病人扱いして、外に出そうとしなかった。泣き崩れる母との会話も時折聞こえた。
馬鹿みたい。私のことなんて、自分の王子様を寝取った恋敵くらいにしか思ってないくせに。
「私が悪かったって言ってるでしょう!?どうしてわかってくれないの!雛は私の……私のたった一人の娘なの!どれだけ心配したと思って……!」
じゃあ、どうして迎えに来てくれなかったの。
私が知らない部屋に連れ込まれて、縛られて、泣いても逆らっても殴られて、ナイフで切りつけられて、命令を上手に聞けないと首を絞められた。ご飯ももらえない。いつ殺されるかわからない。
暗闇の中、電話越しの話し声。母の声。
身代金の拒絶。
「……あはっ。違う、違うちがう、何が?ううん、違うよ、違うの。王子様が私を迎えに来てくれて、私たちはずぅっと幸せに暮らしてたの。そうでしょ、そうだよね?」
間違えちゃった、これじゃ王子様が悪者じゃない。今度会ったらお仕置きしてもらわなきゃ。
ふと気がつくと、私の前で母が泣いていた。泣きながらごめんなさい、ごめんなさいと繰り返していた。
男はいなかった。
医者は憐れみの目を向けていた。どうしてそんな目をするの?
何もかも気に入らない。今すぐこんなところから逃げ出して、あの頃に帰りたい。王子様との夢のお城に。
そのために、母や医者の望むような答えを返してきた。私は病気なんかじゃないし、この恋は本物だ。でも、奴らの言う病人を演じなければ、こんな明るすぎる場所に閉じ込められたまま出られないから。
今日は失敗しちゃったな、そんな風に思っていれば、医者は優しく笑いかけてきた。
「雛ちゃん。雛ちゃんの王子様って、どんな人?」
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