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ドクンと、心臓が嫌な音を立てた。
どんな人。そんなの、王子様らしい王子様に決まってる。優しくてかっこよくて、綺麗で、私を愛してくれるひと。
「顔は思い出せる?名前は?」
顔。名前。
サーッと血の気が引いていくのがわかった。
私たちはいつも暗闇の中にいた。私は彼を「王子様」と呼んでいた。だから、顔も名前もすぐに出てこなくて当然だ。名前も知らないかも。
本当に?
指先が冷たくてきゅっと握り締めた。王子様がいたら握ってくれるのに。
ああ、そうだ。全部王子様がここにいないせい。
この人たちが私と彼を引き離したせい。
寒くて怖くてたまらなかった。王子様に会いたい。抱きしめてほしい。この不安と気持ち悪さを溶かして、私をもう一度、あなたのお姫様にして。
その時、勢いよく病室の扉が開け放たれた。
入ってきたのは男だった。やけに興奮した様子で母に近寄ると、
「おい、聞いたか!あの誘拐犯他に何人も殺してたぞ!死刑は確定だな!」
死刑。……誰が?
私の王子様が?
ぷつんと頭の奥で何かが切れる音がした。
いいや、違う。本当はずっとずっと前から切れていた。切れていたのに結び直して、気づかないフリをしていた。
今のは切れたんじゃない、切ったのだ。
もういい。
そっと枕の下に手を入れてそれを握った。そのまま後ろで手を組み、にこっと笑う。
「お父さん、お母さん。先生も。……今まで、ありがとうございました」
三人揃って怪訝そうな顔をする。もしかしたら演技かも。そもそも、本当のお母さんたちですらないのかも。きっとそうだ。
「さようなら」
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