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揺蕩う
背中にすがっていた手がほんの一瞬、短い爪を突き立てていった。ずるりと肩から滑り落ちたそれは、力なく布団に投げ出される。薄明かりの中で、白い胸がせわしなく息づいている。
佐一は上体を起こして、自分が組み敷いていた相手を見下ろした。
千隼はぐったりと目を閉じて、熱い息を吐いていた。白い腿は大きく開いたままで、引きしまった下腹には、互いの吐き出したものが飛び散っている。とろりと肌を伝うそれがひどくいやらしく見えて、思わず息を呑む。
なめらかに張った胸から腹へと続く、身体の線が美しかった。佐一はつくづくと、横たわる千隼をながめる。鍛えられた身体に不釣り合いなほど白い肌は、彼の生まれつきだ。綿毛みたいなふわふわの髪も、明るい瞳も同じ。
——綺麗だなあ。
本人が聞いたら目を剥きそうなことを考える。女のような美しさではない。たとえるなら、神さまが気まぐれに創り出した、不思議な生きものを見ているようだ。
千隼が目を閉じたまま、小さく呻いた。その胸の先がつんと尖っているのに気づいて、佐一は手を伸ばした。薄桃色のそこを摘んで、やわらかく指を擦り合わせる。閉じた瞼がぴくりと震えた。
「うう、んっ……ふ……あ、あぁ……」
千隼はゆるゆると首を振って、夢うつつの声を洩らした。小さなしこりが硬くなり、ますます尖ってくる。指の腹できゅっと押しつぶすと、悲鳴のような声が上がる。
「ひあっ! な、なに……」
千隼が目を開けた。わけがわからない様子で見上げてくる相手に、佐一はおだやかに笑いかける。
「気絶するほどよかった? おはよう、千隼」
「あ……っ」
やっと状況を悟ったらしく、千隼がうろたえた声を上げる。身を起こしかけて、白濁にまみれ、胸の先をいやらしく尖らせた自分に気づくと、右腕で顔を隠してしまった。
「何で、おれ、こんな……もういやだ……おかしくなる……」
ほとんど半泣きの声が洩れる。佐一はふわふわの髪を撫でてやりながら、優しく訊ねる。
「どうしたの? どこか痛い?」
千隼が首を振った。
「痛くない……けど、怖い。こわいよ、佐一……」
情事の最中、千隼はときどきこんなふうになる。子どもみたいにべそをかいたり、ぎゅっとしがみついてきたりする。慣れない快楽に振り回されて、心がついていけないのかもしれない。見ているぶんには可愛いけれど、ちょっと可哀想でもある。
佐一は千隼の顔を隠している腕をつかんで、そっと押しやった。涙でぐしゃぐしゃの瞳をのぞき込む。
「よしよし、大丈夫。怖くないよ」
そう言って、濡れた頬に口づける。普段はしっかりしている千隼が、自分の言葉ひとつ、指先ひとつでどうにでもなってしまいそうなところを揺蕩っている。その危うさに、ひどく満たされる。
こんなことができるのは、この世で自分だけなのだ。
「俺しか知らない顔、もっと見せて。どんな千隼でも大好きだよ」
白くて小さくて綺麗な生きものを組み敷いて、ありったけの快楽を教え込む。ほかの誰かを求めたりしないように、隙間なく中を満たす。他人の味を覚える前に、自分の色に染めてしまえばいい。
「さい、ち……あ、あっ、あぁ……ん、はぁ……っ」
すすり泣きが甘いよがり声に変わっていく。白い身体を貪りながら、佐一はひっそりと微笑んだ。
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