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くだらないとでも言いたげに視線を本に戻し、祐希のことを一瞥もしない彼に、焦りの気持ちがどんどん募っていく。
(このまま無視されるだなんて嫌すぎる!)
どうにかして彼の注意をこっちに向かせたい。
「お願いします、聞いてください!」
「……しつこい」
「お、俺が石油王になったら、交際を考えてくれますか⁉︎」
「え?」
(あああだからもうなんで、俺のバカー! 石油王ってなんだよ、翔太の影響受けすぎだ! 遠海くん引いてる……よな?)
翔太に日々耳に流し込まれるように話題にされていた、石油王無双の漫画の名台詞が脳裏を駆け巡る。いや、今はそれどころじゃないんだって!
頭を抱えながらチラリと彼を確認すると、意外にも彼は真っすぐに祐希の顔を見つめていた。
(あ、あれ? なんか好感触?)
何がよかったんだろう、石油王効果だろうか。この際なんでもいい、彼が興味を持ってくれるのなら、このネタで引っ張ってやる。
「遠海くんは、石油王ってかっこいいと思う!? なれたら惚れちゃう⁉︎」
「……石油王になるとか、正気かよ」
返事が返ってきた! もうそれだけのことが嬉しくて、舞い上がった気持ちが高らかにファンファーレを鳴らしている。
無気力そうにページをめくる目つきとは違い、懐疑的ではあるけれどしっかりと祐希の話に耳を傾けているのがわかる。震える手で胸を叩いて宣言した。
「遠海くん、待っていてくれ。石油王に、俺はなる! そして君を迎えにくる!」
そう言い捨てた祐希は図書館から走って飛び出した。
(何をやってるんだろう僕は! ああでも、本当に石油王になれば、もっと興味を持ってもらえるかもしれない!)
息が切れるのも構わず学校から徒歩十分の家に直行すると、早速「石油王 なるためには」と調べた。
結論から言うと、具体的な方法は何もわからなかった。そもそも日本の新潟などで油田を掘り当てても採掘権が得られるだけで、石油そのものは得られないとわかった。
その他にも事業を起こして億万長者になり石油王と呼ばれる、石油王の王族に養子に入るなどの案もあったが、どれもしっくりと来ない。
「やはり俺が石油王になるためには、アラブの国に行くしかないのか……!」
自分でサウジアラビアかどこかに赴いて土地を買って、そこで油田を掘り当てるしか道はない。
そう信じこんだ祐希は求人情報サイトを検索すると、時給のいい工事バイトを申し込んだ。
(待っていてくれ、遠海くん! 俺はお金を稼いでサウジアラビアに行って、必ず石油王になるから!)
祐希は胸を高鳴らせながら、遠海の表情を思い出す。真正面から見ても左右対称に整っていて、驚いている様子まで美麗だった。
どうしてこんなに好きなのか自分でもわからないけれど、彼に振り向いてほしい、自分のことを見てほしいという思いが、胸の底からどんどん湧いてくる。今ならなんでもできそうな気がした。
「やるぞー! おー!」
こうして祐希は学業のかたわら、初めてのアルバイトに勤しむことになった。夜のバイト、しかも肉体労働ということもあり楽ではない。
「おーいバイト、ガレキを運べ!」
「はい!」
腹に力を入れてワゴンを押すと、先輩から怒号が返ってきた。
「駄目だ、もっと腰を落とせ! 落とすんじゃねえぞ! そんな細っこい腕でいけんのか?」
「いけ、ます!」
「おお、根性あるじゃねえか、その調子だ!」
先輩達は大きな声で怒鳴ったりするし (工事現場は音が出るし、安全のためだからしょうがないのだが)祐希のような見るからにインドア派な学生バイトを、からかってくる人もいた。
しかし真面目に仕事をしていると、だんだん認めてもらえるようになった。
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