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絶望の三者面談
祐希はわなわなと震えていた。信じられなかった、百点満点なのに数字が一つしか書かれていない。
かつてこんな点数を取ったことがあっただろうか。いや、ない。
返ってきた答案用紙を見ながら固まることしかできなかった。祐希の手元を翔太が無遠慮にのぞきこむ。
「赤点じゃん」
「キッズバ!」
「は? なんて?」
「アラビア語で、嘘だ! って言ったの!」
翔太は面くらいながらも、呆れた顔になる。
「そんな役に立たない知識じゃなくて、テスト範囲を勉強しとけばよかったのに」
「役に立たなくないから! 俺の人生には必要だから!」
残念ながら祐希の訴えは翔太には響かず、更に放課後は赤点対策の補習を受ける羽目になった。
(こんなことをしている暇があったら、少しでも金を稼ぎたいのに……)
祐希は内心ぐちぐち文句を言いながらも、ひたすら真面目に課題をこなした。
けれど受難はこれだけではなかった。いつものように卵かけご飯を箸で掻きこんでいると、母がヒヤリとした口調で言い放ったのだ。
「祐希、今日の放課後は学校に残りなさいね。先生にお願いして三者面談をとりつけておいたから」
祐希は信じられないと目を見張って、箸をテーブルに叩きつけた。
「母さん! 何を勝手なことしてくれたんだ!」
「それはこっちのセリフよ、最近の貴方はおかしいわ。学校でどうしているのか、ちゃんと先生からもお話を聞かないと安心できないの」
祐希が人生初の壊滅的な赤点を取ったものだから、母も気を揉んでいるらしい。もう少し真面目に勉強しておけばよかったと悔やんだものの、後の祭りだ。
鬱々とした気分で授業を受けて、萎れたまま弁当を食べていると翔太が指先で肩を突いてくる。
「どうしたんだよ、赤点取ったのがそんなにショックだったのか?」
「そのせいで放課後、親が学校に来るんだ……」
「マジ?」
力なく頷くと、翔太は慰めるように祐希の肩に肘を置いた。
「大変だなあ。俺も一教科赤点だったけど、次頑張れよって軽い感じで言われただけだぞ」
一教科だけならそういう対応をされたのかなあと、祐希は遠い目をした。
全教科で赤点を取ってしまったから、息子がグレたのではないかと思われているような気がする。
遠い目をしながら顔を上げると、窓際の席にいた遠海とバッチリ目があった。
(ふぉ⁉︎ 今、俺のことを見てた⁉︎)
遠海はすぐに視線を逸らしてしまったけど、間違いなく祐希を気にしていた。
(きっと俺が本当に石油王になれるのかどうか、見定めようとしているんだ。待っててね遠海くん、俺は絶対に諦めないから!)
志も新たに午後の授業を受け、闘志を燃えたぎらせながら三者面談に挑んだ。
みんなが帰った教室の中で、人の良さそうな担任の男性教師が、困ったように愛想笑いをしながら祐希に話しかける。
「真山さん、何か困ったことがあるなら相談に乗るよ」
「何も困っていません、大丈夫です」
「ちょっと、全教科赤点を取っておいて、問題だと思ってないの?」
「それは……」
改めてそう言われると、問題があるような気がしてきた。
「次回のテストは頑張ります」
先生と母親は眉根を下げながら顔を見合わせる。母は更に追及を重ねた。
「最近何か目標に向かって頑張っているのよね。勉強より大事なことなのかしら」
「そうなのか? 真山さん、よければ何をしているのか、教えてもらってもいいかね」
「俺は……」
言ったら反対されるかもしれない、笑われるかもしれない。
けれど祐希は本気で石油王を目指していて、それは誰かに馬鹿にされていいような夢じゃないと思ったから、勇気を出して口にした。
「石油王に、なりたいんです」
『石油王?』
先生と母は示しあわせたように同時に声を出す。ますます困惑を深めた様子で、二人は口々に祐希をたしなめた。
「大変厳しいことを言うが、それは今からなろうと思っても無理なのでは? 夢は夢として持っていてもいいと思うけれど、まずは学校の勉強を頑張らないと」
「そうよ、馬鹿なことを言っていないで現実を見なさい」
「現実的に、本気で、石油王になろうと思ってるよ! アラビア語もだいぶ覚えてきたし、渡航費用が貯まったらサウジアラビアに行くんだ」
「祐希! 何を言ってるの」
母が悲鳴のような声を上げるが、悪いけれどどうしてもこればかりは譲れない。
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