赤い髪の娘

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「お前はほんにせっかちだな。秋嵐(しゅうらん)よ」  女帝は愛おしそうに両目を細めた。彼女にとって、目に入れても痛くないほど溺愛してる第一皇女の強気な態度は愛らしいものでしかないのだろう。 「だって、時間の無駄ですもの」 「時間の無駄でも知らぬものがいよう」  末席に座り、できる限り体を小さくさせていた夷狗はその言葉に肩を跳ねさせ、恐る恐る顔をあげた。姉兄の視線が突き刺さり、すぐさま膝に視線を戻す。どこからともなく、忍び笑いが聞こえた。 「ああ、確かにお(いぬ)さんは知らないわね」  第一皇女と女帝は夷狗のことを狗と呼ぶ。夷狗の記憶が正しければ、生まれて十五年間、一度として本名で呼ばれたことはない。 「わたくしが教えてさしあげましょうか?」  知らないもなにも、最低限の教育はもちろんのこと、この国の常識すら教えられていない。何が知らないのか、知っているのかすら夷狗は分からない。  姉の言葉に愛想笑いを返そうとして、すぐにやめる。夷狗が人間らしい言動をすれば、母の逆鱗に触れるのは今までで何度も経験してきたので無言で頷き返すだけに留めた。 「お前はほんに優しい子だな。こんな狗を気にかけるなど」 「次期女帝ですもの。これぐらい当然ですわ」  秋嵐は誇らしげに胸を張ると宝玉を指差した。 「今のうちにその目に焼き付けておくことね。これは本来ならお狗さんが一生お目にかかれないものなのだから」  夷狗は小さく頷いた。声は発せなくても聞いているという意思表示をする。 「この世界はふたつに隔てられているの。ひとつは私達が生きる現世(うつしよ)、もうひとつは常世。常世は神の領域、天帝が治める世界といわれているわ」
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