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いつぞや、朱加に連れ去られた時に包まれた猛々しい炎とは違い、藍影の神術は精彩の一言に尽きた。流れる水のように緩やかで、奔流する波のよう荒々しくもある。
だが、どのような姿でも美しさを決して失わない。
(まるで藍影様のようだわ)
藍影に抱きしめられていることは恥ずかしいが、もうしばらくこの水に浸っていたいと紅玉は思う。覚えてはいないが、母の胎内にいるような安心感があり、とても落ち着く。
しかし、終わりは突如、訪れるものだ。体を包む水が霧散したと同時に、浮遊感に襲われた。
「き」
——落下していた。遥か上空から、紅玉は落ちていた。ゆるく結んだ髪がばさばさと上に広がり、下から吹き上がる強風によって全身が撫でられ、揺すぶられる。
喉が叫んばかりに紅玉は叫んだ。今までこんな大声出したことがない。酷使したことのない喉はそれだけで悲鳴をあげる。
藍影からもらった腕環を落とさないように抑えながら、紅玉は藍影の太い首にしがみつく。
くつくつと耳元で誰かの笑い声が聞こえた。いつもより低音の声に一瞬、誰だかわからなかったがすぐにそれが藍影のものだと理解した。
「安心しなさい。大丈夫だから」
背中を優しく叩かれ、紅玉は恐る恐る顔を上げた。高い青空が広がっていた。周囲には綿をちぎったような雲が浮かび、その下では鳥達が気持ちよさそうに飛んでいる。
紅玉は、その美しい光景に思わず吐息をもらした。落下の恐怖心は無くならないが、藍影が側にいるだけで不思議と安心してしまう。
「下を見てごらん」
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