明るく照らす

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 花びらが藍影の頬を撫でた。まるで勇気づけてくれているみたいだ、と思いながらゆっくりと瞼を持ち上げる。  藍影の視界に入ったのは紅玉の横顔だ。ここに来て初めて意思が固まった瞳をしている。あれだけ暗く濁っていた、未来を失った瞳だったのに。 「菓子は美味しかったか?」 「とても、また食べたいです」  紅玉は顔を持ち上げると微笑む。 「白慈が教えてくれたんだが、口に合ってよかった。紅玉が気に入ってくれたのなら何度もでも私は作ろう」 「ありがとうございます」  藍影は乾いた喉を潤すように唾を飲み込む。 「なあ、紅玉」  焦って話せば、いつぞやのように紅玉を不安にさせるかもしれない。青龍帝への即位式で天帝を前にした時のような緊張を感じながら、藍影はゆっくりと、自分の言葉を噛み砕いてから言葉を紡ぐ。 「私の話を聞いてくれないか」  紅玉は微かに伏せると「……はい」とか細い声を返した。 「私は、正直に言うが人間のことを見下していた」  藍影は幼い頃から人間を見下していたわけではない。逆に実母が人間のため、親近感がわいていた。けれど、青龍帝として常世と現世を支配していた際に見た人間という生き物が醜く、小賢しいと思った。金も育てる力もないのに子供を産み、餓死させた女。暴力の末に自分を育ててくれた親を殺した男。空腹を満たすために盗みを働く子供——……。  良心の塊と言える人間もいるが、大半が口に出すのも(はばか)るような人でなしばかり。 「花嫁が送られてきても食べずに帰すと言ったのは、そんなやつらが私の血肉になるのが嫌だったからだ」  きっかけは歌流羅の気まぐれだった。彼女の一言がなければ、藍影は紅玉に居場所を、名前を与えることはなかった。 「こんな気持ち、初めてなんだ。最初はどうでもよかった。いつか、現世に帰すから関わることもなかったから」  藍影は自嘲する。 「少しずつ共に過ごしていくうちに、不安で揺れる瞳が輝くのを美しいと思った。美味しい食べ物を口にすると幸せそうにはにかむのを可愛らしいと思った。……神気を取り込みすぎて倒れた時は心臓が止まるかと思った」  こんなの自分ではないと理解している。でも、今は紅玉が隣にいることが当たり前になっていて、離れることが想像できない。 「紅玉、君は私に〝迷惑になる〟と言ったが迷惑(そう)じゃない。紅玉がいないと駄目なんだ」  それは懇願だ。こんな情けなくてすまない、と思いながら藍影はそっと紅玉の手を取った。 「私と、一緒に生きてくれ」
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