帰ってきたダルマ

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「ダブリンから小型飛行機で二時間。アイリッシュ海を渡って、ロンドンに到着。そこからイギリス航空を使って、ヨーロッパ大陸と日本海を飛び越える。 合計十六時間かかって日本に到着した。帰ってきたよ、マユコ!」  寺の境内にある蕎麦屋で、フォックス・マンは食卓を世界地図にみたてていた。箸袋を飛行機として宙に浮かし、母国アイルランドからの道程を熱心に説明している。  近藤茉右子(まゆこ)は、そんな彼の横顔に見とれている。  奥の厨房から店員が、フォックスの頼んだ野草そばを運んできた。彼は箸袋を慌てて引っ込める。  大きな手で坊主頭をごしごしと擦りながら、照れ隠しで茉右子に微笑んだ。  母国でも和食を食べていたのであろう、フォックスの箸使いは慣れたものだった。彼がよもぎの天ぷらの衣を破ると、茉右子の鼻腔(びこう)を瑞々しい香りがくすぐる。  昼食はすでに食べたが、そばしるこだけでも頼もうかな。決めかねていると、フォックスに声をかけられた。  彼は上着のポケット部分を指差している。ポケットは丸く膨らんでいて、それなりのサイズのものが入っていそうだ。大きいサイズならば旅行鞄にいれておけばいいものの、鞄をひらく手間と時間が惜しいのだろう。  フォックスは貴重品を取り出すように丁寧に、ポケットの中から何かを出した。  それは片目を黒く塗られた、野球ボールくらいの赤いダルマだった。 「マユコ、このダルマを覚えている? 今日はようやく右目を塗ることができるね」  もちろん覚えている。  こちらをのぞき込むフォックスの瞳を、茉右子は見つめ返す。吸い込まれそうな深緑。  これは初めて二人で歩いた境内に、生い茂っていた樹木の葉と同じ色だ。
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