帰ってきたダルマ

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***  二年前、茉右子は高校三年の受験生だった。    塾には通っていたが、大学入学共通テストの模試で、どうしても英語のリスニングに結果が出ず焦っていた。そこで共通テスト対策のできる英会話教室をネットで探していたところ、発見したのがフォックスの勤務先だったのだ。    土曜の午後に説明会を開いているとあり、茉右子は一人、制服姿で教室を訪れた。  生徒のみで来る者は珍しいらしく、会場の教室にはワンピース姿の母親が多くいて、なかには両親同伴で来ているものもいた。  室長が教室のPRをひとしきりしたのち、二人の講師からデモンストレーションをかねた英語での説明があると聞いた。  初めにアメリカ出身のダミアンという講師が教室に入ってきた。チェック柄のスーツを着こなしたブロンド髪の、目鼻立ちがはっきりとした講師。  知人達と雑談を交わしていた母親たちは急に黙り、視線を彼に集中させた。  だが自信満々な口調で話す内容が、どうにも茉右子には伝わってこない。いや、彼女だけではない。皆の頭の上にも疑問符が浮かんでいるのが見えるようだった。  しかしダミアンだけはそれに気が付いていない。話が終わった彼は、真っ白な歯を見せつけるように、笑顔を振りまいて退席した。  次に入室してきたのがフォックスだ。  こちらが手に取るように分かる、緊張した面持ち。  普段は着ないのであろうスーツには皺がみられ、ネクタイの結び目はおにぎりのように丸まっていた。  先程まで見た目の良いダミアンが話していたため、母親たちは坊主頭の彼に落胆しているように思えた。    自信なさげにとつとつと話すフォックスの英語に、茉右子は不安を覚えたが、すぐに丁寧に話をしているだけだと分かった。  小学生の親がいるか質問して、手を挙げさせる。一組いた親に対し、たくさんのジャスチャーを織りまぜた英会話を実演した。  次に、彼が話しかけたのが茉右子だ。    茉右子が共通テストについて話すと、驚いたことにフォックスはその設問数とそれぞれの傾向と対策を語った。  リスニング前に、問題文の疑問詞をよく読んでから臨むこと。長文のリスニングは動詞に注目することなど。秘密を打ち明けるように言う。  そんなやり取りは、会場に浮いていた疑問符をすっきり取り除いたようだった。  前列に座っていた茉右子の後ろから、分かりやすいねと言う声が聞こえる。見事な成果を上げてフォックスの話は終わりそうだった。  しかし退室する際に、緊張の解けた彼が大きく肩を落とし、ため息をついて台無しになった。教室の雰囲気は、せっかく膨らんだ風船がしぼんだようになっていった。  だから、絶対にこの英会話教室に入ろうと思ったのは、説明会場の中では茉右子だけだったかもしれない。次の週から茉右子はこの教室に通いだした。  共通テストの過去問から分からないポイントを持ってきて、熱心に質問をする彼女に、フォックスはマンツーマンで丁寧に教えてくれた。
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