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幕間2
◇
外宇宙との交信に成功──高校二年目の秋終わり、その報道は突如として全国に発信され国中の人々を沸き立てた。
「でも何だか物騒な話じゃない?」
スマホで記事に目を通した私は、隣でサンドイッチを頬張る紗友里にそう言った。蒼穹が余すことなく広がる校舎の屋上。せっかくの晴天なのに、虹太は所用があって来られないそうだ。
「だって仮に宇宙人と交信して、返って相手を刺激することになったらどうするの? ただでさえ宇宙規模で価値観が違うのに、もし戦線布告だと見なして地球を襲撃しに来ちゃったら……」
「映画の見過ぎだよ。絶対大丈夫だって」
私の不安など露知らず、紗友里は紙パック入りのカフェラテを呑気に吸う。
「別の記事によると、今回交信が取れた惑星は地球から大体数億光年も離れてるんだって。そんな一瞬で辿り着けるわけないし、あたしたちが生きてるうちは大丈夫だよ」
「そうかな?」
「そうだよ」
はっきりとそう答え、紗友里は豪快にサンドイッチにかぶりつく。
「にしても夢があるよねぇ。つい数年前に宇宙関係の求人が急激に増えて話題になったけど、若者の活躍の機会が増えて自分の知らない能力を見出せそう! って感じで」
「なにお婆ちゃんみたいなこと言ってるのさ」
「だってそう思わない? 今や世界だけじゃなくて宇宙にまで行けるんだよ? もう人間に出来ないことは何もないんじゃないか、って考えちゃうよ」
「そっか。確かに紗友里、将来は海外に飛び立ちたい、とか話してたよね」
ついでに英語の成績が異常なまでに良かったことも思い出す。
「ってことは、あと数年後にはこの惑星にすら居ないのかもしれないのか。寂しくなるなぁ」
「そうだよ。全く、あたしが居ない間、誰が友梨佳を慰めるんだか」
「前言撤回。やっぱりあんたは宇宙でも何処でも飛ばされちゃえばいいんだよ」
「ひどーい。これでも友梨佳のこと心配してんのにぃ」
ぶーすか不満を垂らす紗友里。しかし、やがてふっと溜息をつくと、神妙な眼差しをこちらに向けて優しく微笑んだ。思わずどきっとする中、更に追い討ちと言わんばかりに肩を寄せてくる。
「な、なにさ」
平静を装う裏で、心臓の鼓動が脳を激しく揺さぶった。
相変わらず厄介な呪いだな、と心の奥底で痛感する。
「うん? 拗ねてる友梨佳を慰めてあげようかと思って」
対する紗友里は普段と同様に、いひひと悪戯っぽく笑っていた。
「心配しなくても、たとえどんな遠い場所に行ったとしてもちゃんと帰ってくるよ。だって最低半年に一回は友梨佳の成分を摂取しないと生きていけない身体になってるから」
「それはそれで気持ち悪いからやめてほしいわ」
「辛辣だなぁ。でも友梨佳とこれからもずっと一緒に居たいのは本心だよ?」
荒ぶる動悸を抑えながら、恐る恐る紗友里の居る方へ目を向ける。いつもの溌剌な雰囲気とは対照的な慈愛に満ちた瞳。見続けていたら魂ごと吸い取られてしまいそうで、堪らず目を逸らしてしまう。
「これからもずっと一緒だよ、友梨佳」
「……本当に?」
「もちろん! だって友梨佳はあたしの親友だからね!」
……親友。
親友、か。
これ以上なく嬉しい言葉のはずなのに、何故か崖下へ突き落とされたような、裏切られたような感覚が全身に染み込む。でも、これが正常な感覚なんだ。むしろ期待してる私が馬鹿なんだ。
紗友里と親友以上の関係を望むなんて、そんな漫画みたいな話あるはずないのに。
「……そうだよね。もうかれこれ十年近い仲だもん。これからも何だかんだ一緒に居そうだよね」
「そうだとも。ずっと一緒に居るに決まってるよ。だから心配しなくて大丈夫だよ」
「うん。だけど、仮に何処か遠くに行く時はちゃんと報告するんだよ? 私にもだけど……特に虹太には」
「あ──あはは。そう、だよね」
ほんの一瞬だけ、紗友里はその表情を固くする。そうして乾いた笑みを溢したところで、やがて観念したかのように息をついた。
「あのさ、友梨佳」
その眼差しの裏に隠された想いの意味を、私は知っていた。
「虹太のこと、また相談に乗ってもらってもいい?」
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