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3, and...
◇
短いようで長い道程が、ようやく終わった。
さっきの衝撃で半分折れてしまった大木の根元に、同様に上部が斜めに擦れた大きな石碑が静かに佇んでいた。道中にあった瓦礫や破片を思い出すと、未だ原形を保っているのはもはや奇跡だった。
石碑に刻まれた文字の羅列をそっと指でなぞる。この文字の正体を表す一文はさっきの爆風と共に吹き飛んでしまった。けど、私にとっては下の方に刻まれた一つの名前を目にしただけで詳細を十分に理解できた。
──釜倉虹太。
数年ぶりに目にした幼馴染の名前。彼が高校時代に見せた表情一つ一つを思い返しながら、石碑の前に手向けの品を添えた。一つは造花の花束。もう一つは、ずっと鞄の底にしまっていた手の平サイズの灰色の壺。
「着いたよ──紗友里」
やけに縮んでしまった親友を、私は花束の近くに置いた。
ぐわんぐわんと揺れる脳の中で、二人の声が延々と木霊する。
──どうやったら虹太に振り向いてもらえるかな。虹太に振り向いてもらうためには、やっぱり夢を手放すべきかな。
──もし仮に俺が何処かで死ぬようなことがあったらさ、紗友里に伝えておいてほしいんだ。ずっと好きだったって。
小さな穴から空気が抜け出るように徐々に力が抜け、膝から崩れ落ちる。視界が淀む。このまま静かに水蒸気となって冬の海へと吹き去っていけたら、と思い描いたけど今度は誰も止めてくれない。
二人とも、宇宙人との戦火に巻き込まれて消えてしまった。
虹太は前線で食い止めている最中に。
紗友里は宇宙への出発を前に襲撃を受けて。
紗友里の遺骨を受け取った私は、虹太の眠る霊園に彼女の生きた証を届けようとした。けどその道中、町で花束を買い終えた直後に宇宙人からの攻撃を受けた。周囲が焼け野原になっても尚、私だけ生き残ってしまった。
そっか──そうだよね。
きっとこれは紗友里を愛した罰なんだ。呪いなんだ。
叶うわけのない、夢物語のような恋をしてしまったから神様が怒っちゃったんだ。女性同士が結ばれるなんてそんなの許されるはずがないもの。だから死ぬことすら許されない。大切な人を失っても尚、その後を追うことすら許されないんだ。
ごめんなさい……ごめんなさい。
最低だよね。償わなきゃいけないよね。
苦しいけど……一生かけて償わなきゃいけないんだよね。
「頑張って、生きるね。……ちゃんと二人の分まで」
全部終わったら、愛した罰を受けるから。
あなた無しで生きていけなかった人生を、ちゃんと一人で生きるから。
だからそれまで、あなたが一番愛する人と、待っててね。
涙をぐいと拭って、私はゆっくりと立ち上がる。
海の向こうでは未だ巨大な円盤が空を覆い尽くしている。絶望的な光景を前にしても尚、海風が仮初めの希望を乗せて私の背中を押した。
新たな人生に向けた、最初の一歩を強く踏み出す。
いつかあなたに、会うために──。
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