保護

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 爺ちゃんは几帳面な人だった。爺ちゃんの畳部屋は埃一つ落ちていない。畳の溝ですら、数時間にわたり綺麗にするんだ。小さい頃、背中を丸めて雑巾の端っこを指に巻き付けて一生懸命拭く。  大掃除の日じゃないのによくやるよ。床に這いつくばって、背中を丸めた爺ちゃんを見るたびにそう思っていた。他にも、大事な本が詰まっている本棚は巻数順かつ作者の五十音順で並べてあったり、服はアイロンをかけてから、角をぴったり合わせて畳んでいた。  だけど、いつからだろう。それが当たり前だと思っていたのは。  爺ちゃんに病魔が忍び寄ってくるなんて、知らなかった。僕は幼い頃は爺ちゃんっ子だったのに、中学二年生になって反抗期真っ只中になってしまったから。家族はおろか、友達とも距離を置くほど対人関係に支障をきたすほどだったから。そもそも、目に見えないタイプの病魔だったから……。これが全部言い訳に聞こえてしまう事実が、より一層僕の首を絞めつける。  爺ちゃんに認知症の兆候が見られたのは、僕が中学二年生の頃だ。最初は、まだ真昼間だというのに、家の雨戸を閉め始めたことが始まりだった。 「何で、雨戸なんて閉めんだよ。まだ昼だろ、ジジイ」  僕は爺ちゃんの頓珍漢な行動に、反抗期真っ盛りの強めな語気で制した。  その時の表情が、今でも忘れられない。  僕の尖った発言に対して、爺ちゃんはいつも穏やかな顔で、「はいはい」と受け流す。それなのにあの時は、不意を突かれたようにキョトンとした顔で、「今は、夜じゃない……か? そうかぁ、そうだなぁ」  と、なんともとぼけた声が口から出てきた。  あのしっかりした爺ちゃんが昼間から雨戸を閉めているという行為だけでも衝撃なのに、間の抜けた声の爺ちゃんが一番信じられなかった。  其の違和感が、段々と日常に浸食してくることを僕はまだ知らなかった。
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