辺境にて

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「パパぁー!」  籠がいっぱいになる度に移し替え、荷車がトウモロコシで山盛りになった頃、愛娘がパタパタと走ってきた。 「カリーユ?」  この冬5歳を迎える天使は、俺の腰にバフンと抱き付く。家から駆けてきたのだろう。まあるい頰を上気させて、息を切らしている。 「おっと。どうしたんだ?」  鎌を置いて、彼女を抱き上げる。綺麗に編み込んだ金色の髪から、フワリと花の香りが漂う。妻の好きなジャスミン入りの石鹸の匂いだ。 「あのね、あのね! パパに、お客様って人が来ているの!」 「客?」 「それで、ママがね、『パパを呼んできて頂戴』って……!」  未収穫のトウモロコシは、あとわずかだ。 「よし、ここで待ってろ。すぐに終わらせるから、一緒に戻ろうな」 「うんっ!」  空が橙色に染まる頃、俺はトウモロコシとカリーユを乗せた荷車を納屋まで引いた。 「これを持って、ママのところにお行き」  太く張りのあるトウモロコシを数本抱えて、娘は母屋に歩いて行った。麦わら帽子と鎌を置き、タオルを腰にぶら下げて裏庭に回る。秋の陽はスルスルと西の山脈に隠れ、赤黒い血の色をした空が広がっていた。俺は井戸水を汲み、前屈みになると汗ばんだ頭にだけザブンと被った。腰に手を伸ばすも……なぜかタオルが掴めない。 「はい、どうぞ」 「お……すまん、な……?」  俯いたままの額にフワリと柔らかな布地が触れたので、受け取り――思わず目を開けた。 「ウフフー。シワセーン様から逃げ切れるとでも思ったの、“ヴィーノくん”?」  動けずに、浅い呼吸を繰り返す。髪から頰からボタボタと水が滴り落ちていく。 「このまま、アタシと出稼ぎに行く? それとも、ぜぇーんぶリセットして欲しい?」  湿った赤土の上に、あおいくんそっくりのダルマ型の丸い影がくっきりと描かれている。視界の端で、納屋に置いてきたはずの鎌の切っ先が鈍く光った。 「お、お前っ……!」 「ウフフ。アタシはキミィ。“キミィちゃん”、って呼んでね」  顔を上げると――頭に大きな赤いリボンを付けた黄色い魔物がニッコリと笑顔を見せ、腹にあるチェック柄のポケットをポンと叩いた。 【了】
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