橋の上で

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「ッ!」  突然、自分に話し掛けてきた若い女性。  いい所の娘なのか、高価そうで上品な着物に身を包む。 「君は……?」  男がそう訊くと娘は一礼をする。  髪に差した簪がシャン!と揺れて、辺りを温かい音色に染めた。 「私はから」 「え」 「そして貴方も」  動揺する男に落ちた布切れを拾い上げながら近付いていく娘。  そしてどん底にいた彼に手を差し伸べるかのように男の手を取っては再び“それ”を握らせる。 「皆、貴方を忘れてなんかいない。ただ止まってるだけなんです」 「“止まってる”……?」  聞き返す男の瞳をしっかりと見ながら彼女は深く頷いた。 「えぇ、貴方が戦争に行って直ぐのこと……この街は空襲で焼け野原へと変わり果てた」 「ッ!で、でも街は……あの頃と何も変わっちゃ──」  目の前にある光景が幻想だと否定された男は必死に辺りを見回す。  徐々に剥がれ落ちて見えてくる現実。  次に男の眼前に広がっていたのは何も存在しない、ただの焦土。  焦げ付いた臭いと燃えて崩壊した家屋から発生する黒煙。 「どうなってんだ!?」  目を見開く男。  娘は涙を堪えつつ、続けた。 「“人”というのは時に残酷な現実から逃げたくなるものです。 貴方の精神は帰ってきた時点で既にボロボロだった。 だから脳は貴方の心を守ろうとして刹那の幸福(まやかし)を見せたんですよ」 「じゃあ……俺は何の為に戦っていたんだ?」  呟く男の重い言葉。  娘は思わず視線を逸らす。 「何の為に仲間の屍を踏みつけて、何の為に死んだ振りをして、何の為に敵といえど同じ人間を殺してッ!!」 「・・・・・」 「何の為に俺は帰ってきたんだよッ!!!」  男の激昂の後、訪れる静寂。  川のせせらぎだけが響く橋の上。 「“戦争”に意味なんて無いんだと思います」  しばらくして彼女はそんなことを口走る。 「何だと?」  眼球に血管を走らせながら男は娘を見る。 「偉い立場の老翁達が勝手に始めて、国民は嫌でも巻き込まれる。 ただ無駄に人が死に、ただ無駄に咽び泣く声が灰色の空へと消える。 それが……“戦争”。敗ければ無駄死に、勝てば一生の栄光。 嗤えますよ。いつの時代も犠牲になるのは後先短い老人ではなく、現在(いま)を生きようとする若者。 貴方も私もこの街も全てが被害者。生まれてきただけでこんな思いをしなくちゃいけないのがなんですよ」 「・・・・・」 「そんなものに何の意味がありましょうか?」  振り返った彼女の頬には涙が伝っていた。  それでも彼女は笑って、必死にそれを崩さないように下唇を噛み締めて。
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