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「悪い、辛いのは俺だけじゃなかったな」
冷静になった男はバツが悪そうに髪を掻く。
「……私達には“命”がある。だからまだ……やり直せるはずです。
大義に溺れて自暴自棄になるより、私は……私はッ!!」
「“前を向いて生きていく”……だろ?」
「ッ!」
言葉を先読みされた娘は驚く。
男は娘に歩み寄ると、もう必要なくなった布切れを破いては彼女の濡れた頬を拭った。
「良いのですか?大事な物では」
「アンタのお蔭で目が覚めたよ。川に身を投げるのは止めだ。
俺もいつまでも過去に縋ってちゃ、あの世のお袋にどやされちまう」
男は軽く手を上げて別れの挨拶を済ませた後、そのまま歩き出していく。
「あの!これからどうなさるのですか?」
遠くなっていく彼の背中に彼女はそう問い掛けた。
「前を向いて生きていくさ」
振り返ることなく、足を止めることもなく、そう答えた男は手に持っていた家族写真をポケットに仕舞っては覚悟を決めた漢の顔で鼻先を擦った。
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