第1章 車一台分と思っていただければ

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第1章 車一台分と思っていただければ

      1  ある秋の昼下がり、江草(えぐさ)悠人(ゆうと)は気持ちよく布団にくるまっていた。  先月の誕生日で二十七歳になった悠人だが、今は深夜のコンビニでアルバイトをしながら、実家暮らしを続けている。  だから今日も、平日の昼間だというのに、こうして家でのんびりとしていられるのだ。  悠人がこのような暮らしをしているのには理由がある。  決して就職活動に失敗したわけではない。  悠人には大きな夢があった。  その夢を叶えるために、なるべく家にいる時間を増やそうとしているのである。  悠人は小さいときから物語というものが好きで、マンガや小説、テレビドラマや映画、さらにはゲームなど、たくさんの物語に触れて育ってきた。  自分ではなかなか思いつかないような世界観や展開に胸を躍らせ、いつか自分もそんな物語を書いてみたいと思うようになった。  そんな悠人は、大学時代に一本の長編小説を書いた。  最後まで書ききれるか、不安を抱えながらのスタートではあったが、書き始めると言葉があふれてきて、気づけば原稿用紙五百枚ほどの分量になっていた。  書いている最中は書くことそのものに重きを置いていたので、誰かに読んでもらおうとは思っていなかった。  しかし、いざ書き終えてみると、誰かに見てもらいたくなってしまう。  コンテストに応募することももちろん考えたが、いきなりそんな勇気はなく、まずは身近な人に読んでもらって率直な感想がもらえればいいと思った。
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