苦痛

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 課長のデスクに完成した資料をボックスの中へ入れ、自分の部へ戻ろうと廊下を歩いていると何やら遠くで蒼井が困っている様子が目に入った。すぐさま、駆けつけ彼に尋ねる。 「どうしたの蒼井?」 「自販機で珈琲買って帰ろうと通りかかったらさ、運悪くロッカーの上にあいつのスーツ置いてあって…。腕が引っかかっちゃって落としたんだよ」 「どうしたら引っかかるの? ほら、拾おう?」 「ありがとなほんと」  仕方がなく、二人で地面に落ちたスーツを取り最初にあったようにたたもうとするとポケットから何かが床に弾けた。ちょうど、窓から差し込む西日に照らされ眩しい光をオフィスに放つ。 「……指輪?」  床にかがみこみ拾い上げると、まるで新品と言わんばかりのゴールドーリングだった。指輪の内側には〝S,T〟と刻まれていた。それを見た途端、私の頭には結婚指輪の文字が過る。 「げ、なにこれ」 「あいつの結婚指輪とか? あの年だし、結婚は一応してそうじゃない? どんな旦那か気になるけどね、あんな人間のパートナーだもん。」  嫌味混じりに呟いている私の横で、どうしたのか彼は黙り込んでしまった。 「どうしたの、蒼井ったら。いつもなら一緒になって盛り上がるのに…」 「確かに結婚指輪っぽいけどさ…あいつ、さっき俺すれ違ったけど指輪着けてたよ? 左手の薬指にちゃんと…」 「え? 嘘でしょ?」  ざわめく私達の様子が気になり、どんどん周りに人が集ってくる。皆、ポケットから落ちたあの指輪に釘付けだった。 「それにあいつの指輪って、シルバーじゃね? 誕生石が埋まってるとか、前説教で自慢してこなかった?」 「あの年っていっても、数年前に結婚したばっかりでしょ? まだ、30半ばなんだから」 「確かに! この後ろに刻まれてるのアルファベット、Sはあいつの名前の〝咲良〟…?」 「そうだよ! Mは相手の名前?」  次から次から考察が浮かんでくる。他の部の社員と一緒に色々な事を思い出していく中で、さっきのやり取りを見ていたのか七瀬はこんなことを言った。 「私さ、よく思うんだけどポケットって人の秘密が入ってると思わない?」  隣にいる蒼井も同感なのか頷き、その二人はポケットの話で盛り上がっていた。 「例えばだけど、浮気相手からもらったプレゼントとかさ。他にも見せられない携帯画面とか、自宅じゃない鍵とか」 「おお、ありそうだな。てか、何でお前そんなこと言うんだよ? もしかして…お前自身が?」 「違うわ。私の知り合いでさ、元カレにそうやって浮気されたっていう子がいて。『ポケットだけは探らないで』って言われてたらしいの」  
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