拒否する男

1/1
52人が本棚に入れています
本棚に追加
/7ページ

拒否する男

 警察社会はとにかく書類が多い。例えば防犯カメラ画像の任意提出だけでも、任意提出、預かり、確認後の所有権放棄か返却と、最低でも三枚の書類を相手に記入してもらうが、持ち帰った後はさらに数枚の書類が必要になる。しかも上司によっては一字一句チェックし、少しでも気に入らなければ書き直しだ。  また、意外と知られていないが多くの書類は裁判所が発行しており、警部以上の階級でないと裁判所への請求自体が出来ないことも多い。  先ほど提出してきた書類も、上司のチェックは終わっていない。応援要請事案が無事に済んでも、書類の書き直しを命じられる可能性はある。  せめて夕食には間に合う時間に帰らないと、最低でも向こう一週間は妻の不機嫌に付き合うことになるだろう。  方面隊の車庫を出て三十分あまり、工業団地のバイパスからショッピングセンターや娯楽施設が並ぶ市街地を抜けた。要請のあった、JRと私鉄を含めて三路線が乗り入れる中規模駅付近を探すと、四台ほどのパトカーが並んでいるのが見える。運転している山井は、並んでいる車列の最後尾にパトカーをつけ、左にハンドルを切って駐車した。駅周辺は映画館やホテル、複合娯楽施設やファミリーレストランが軒を連ね、多くの人でごった返している。  林は現着の報告を入れると、左後ろの安全を確認して助手席から降りた。  無意識のうちに装備品の確認をしながら、山井と現場に向かう。    七、八人の警察官が若い男女を取り囲んでいる現場には、知った顔が何人か見えた。若い女がいるからだろう、婦人警官も二人いる。 「お疲れ様」  知り合いの一人に声をかけながら、林は二人の男女を素早く観察した。  年齢は二十代半ばから後半だろう。男の方は染めていないツーブロックに、多少カジュアルだがスーツにネクタイ、コート。女はインナーメッシュの入ったショートヘアで、ワンピースにファーが付いたコートを組み合わせている。荒んだ雰囲気はないが、複数の警察官に囲まれても動揺の気配さえ感じさせないところを見ると、十代の頃はそれなりに悪さをしていたかもしれない。 「彼らが何かしたのか?」  知り合いに聞いてみた。林の見たところ、応援を呼ばなくてはならないほどタイプには見えない。 「そこの一方通行(いっつう)を逆走しかけたから止めたんだけど、免許証から照会かけたら若い頃の前歴がいくつかあってね。一応所持品検査をお願いしてるところさ。素直に応じてくれていれば、こんな面倒にはならなかったんだが」 「ざけんなよ、こら。俺も美貴(みき)も、今は真面目に働いているんだ。それを犯罪者扱いしやがって、お願いなんて言い方じゃなかっただろう。しかも美貴にも触ろうとしやがって」  美貴というのは、この男の彼女だろう。林はなんとなく事情が飲み込めてきた。同時に、夕食に間に合うか怪しくなってきたのを悟った。  
/7ページ

最初のコメントを投稿しよう!