生態観察(四)

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生態観察(四)

 「おはようございまーす!」「今日から宜しくお願いしまーす!」透き通った声が響く。眼鏡をかけて、赤いバンダナを頭に巻いた沙莉がいる。「おはよう!宜しく。」それらしく仕事を説明していく。彼女の仕事は、まず電話応対、掃除、カフェから始めてもらうことにした。「はい、これに着替えてね。」ロゴマークの入ったTシャツを手渡す。更衣室とかロッカーは用意していないのでトイレで着替えてもらった。「似合います?どうかな?」「着丈はいいんだけど、窮屈じゃない?」「大丈夫ですよ!」大きなバストが下からTシャツを押し上げている。  毎日のように顔を合わせて同じ職場なら 、距離感はあっという間に近くなるだろう。トイレにカメラを仕掛けて盗撮という手もあるが犯罪に手を染める気は毛頭無い。あくまで沙莉から罠に嵌まることが大切なのだ。弱みを握り自らその身を捧げさせないといけない。性的な欲望に駆られた行動に走ると間違いなく失敗する。障害物に身を潜めて、獲物が近づくのをゆっくりと待つのだ。肉食魚の姿は隠して、無害な草食魚をひたすら演じるのだ。   「ありがとうございます!アクアリウム菰田です!」沙莉の電話応対や接客はハキハキして気持ちが良い。人見知りな性格もこと仕事となると割り切れるようだ。優しそうな笑顔も客受けが良いだろう。15時から19時までの短時間だが労働力としては申し分ない。 「今週、娘が友達連れて帰ってくるんだけど、一緒に夕食とかはどう?」「えー、いいんですか?」「社交的な子だから、きっと喜ぶよ!ホームパーティーだから大したこと出来ないけどね。外国の友達だけど、ピザとかでいいかな?寿司とか鍋のほうが喜ぶかな?」「和食のほうがいいんじゃないですか?私手伝いますよ!」「時給出ないけどいい?」「もー全然いいですよー!楽しそうだなー!」  店の定休日にホームパーティーをすることになった。「トントントン。」膝丈のピッタリしたノースリーブの赤いワンピースを着た沙莉が包丁の音を響かせている。髪をポニーテールにまとめた白いうなじが艷やかで、花の蜜のような淡い香りが漂う。出汁と刺身、手鞠寿司は私の担当だ。 「只今〜!」玄関から夏希の声が響く。友達は二人、同じ大学に通うアメリカ人と中国人の友達だ。昨夜から来ているが、二人とも明るく人懐っこい性格のようだ。片言の英語だが身振り手振りで何とか通じているようだ。「お腹空いた〜!」「Oh I'm hungry!May I help you?」「どこ行ってたの?」「お風呂屋さん、まだ暑いよ!」Tシャツの胸元を引っ張ってパタパタさせている。 「アルバイトの中山です!」沙莉を夏希に紹介し、友達も紹介する。国が違っても若い娘達が気心知れあうのはあっという間だ。食事が始まり半時とたたないうちにじゃれ合っている。  夏希が隣に座って、耳に口を近づけた。「沙莉さんって、パパと付き合っているの?」「何で?そんな訳無いだろう。」「あー、残念!」沙莉がキッチンからワインを運んできた。 「沙莉さん、パパのことどう思うの?」十五年間女性の影が無かった私を気にしているようだ。「どうって?アルバイトだし、すごく良くしてくれるし、感謝してます!」「夏希と歳変わんないんだから、それはないよ!」「えー、何かあると思ったのにー!つまんない!」「そういう勘ぐりしないの?ほら、食べて!」  片付けが終わり、時計が12時を回った。「私、そろそろ。」「沙莉さん、泊まって行ったら?もう遅いし、着替えもあるよ!私かママのだけど。」夏希にねだられて泊まることになったが、ねだった当人は疲れていたのか早々と寝室に入った。 「もう少し呑む?」「あ、頂きます。」「赤でいい?」二人だけの時間が始まった。「夏希ちゃん、可愛いですねー!」「母親に似たのか、声はデカいし、うるさいんだよ!」「すっごく嬉しいのが出てますよ!」「そりゃそうだよ!久しぶりなんだし。」「彼氏連れて来るとか思わなかったですか?」「もし、そーだったら、ゾッとするね!」「沙莉ちゃん、彼氏に連絡は?」「そんなの居ないですよー!」「えー、こんなに美人なのに?」「うち女系家族で。」  沙莉の父親は彼女が高校に入ってすぐに交通事故で無くなったらしく。暫くは姉二人を含めた四人暮らしだったらしい。大学生に受験生、三人の娘を抱えた生活は大変だったらしい。奨学金で大学に通い、今も毎月お金を返している。父親は生きていれば私と変わらない位の年齢のようで、沙莉が懐くのはそのせいもあるようだ。 「恋愛はしたほうがいいよ!好きな人とかいないの?」「今は特に…。」「どれくらい?」「二年くらいかなー?」話の流れを恋バナに振ってみる。聞けば中学から大学まで女子校だったらしく。過去に二人しか付き合っていない。高校の時に周りから冷やかされて初めての彼氏が出来たがよくわからないうちに自然消滅したらしい。大学生の時に合コンで知り合い付きあった相手には別に彼女がいて、すぐに別れた。どちらも短く幸せでない恋愛だったようだ。「暫くはいいかなー。今、毎日楽しいし…。」「そうだね、出会う時は自然に出会うしね。」「奥さんとはどうやって出逢ったんですか?」   無くなった妻は勤めていた会社の営業事務をしていた。私がまだ主任という役職の時に部下として配属されたのがきっかけだ。新入社員で、仕事のイロハを一から教えた。繁忙期には会社で一緒に一晩過ごすこともあった。どこまでも着いてきてくれる優秀な部下だった。一緒に過ごす時間を重ねる毎に親密になり、どちらともなく付き合うようになった。やがて夏希を身籠り、結婚した。亡くなるまでは、専業主婦として家庭を支えてくれた。今でも感謝している。  普段は部下であり、恋人であったが、奴隷でもあった。体を重ねる毎にマゾの資質が見えてきたのだ。初めての夜に勢い余って彼女の小さな乳首を噛んだ。「痛!」「あ、ごめん!」「もっと噛んで!」最初はビックリしたが、徐々に性癖が見え始めた。一番最初にSMっぽいプレイをしたのは、体の関係が出来て一ヶ月後ぐらいだろうか?目隠しをして両手を後ろに縛った。「脚を広げなさい!」「い、いや!」「じゃ、このまま帰っちゃうぞ!ほら!」仰向けに寝た彼女の白いパンティの陰部が濡れて染みが浮かんでいる。「ほーら、びしょびしょじゃないか!」パンティの上から指でなぞって濡れた指先を唇に這わせた。半開きの口から舌が伸びて舐め取る。マゾであることがハッキリした。  彼女がSMに興味を持ったのは、高校生の頃でレディースコミックがきっかけだったようだ。その後、SM的要素の強い映画などにハマり、妄想の日々を送っていたらしい。勿論、何人かの男性経験はあるが、SMに興味がある相手とは出会わなかった。  沙莉に亡き妻のことを話しながら、調教に溺れた日々を思い出していた。この目の前の美しい熱帯魚を何とか調教したい。時間をかけて馴致し、自ら調教を懇願する奴隷にしたい。笑顔を浮かべた裏側で、胸の奥底からめらめらと暗い炎が立ち上がる。 「ロケが入っているので、一旦帰って、お昼にお店に来ますね。」朝早く彼女は帰って行った。
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