いらない父親、至らない母親

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いらない父親、至らない母親

 離婚を意識したのは2年前。  息子がこの世に生を受けた、その少し後のことだった。  息子を妊娠して5か月の時、結婚をした。  いわゆる授かり婚。職場で出会って、付き合ってから1年くらい経っていた。  妊娠もしていたし、家庭に入ってほしいという旦那の希望から、仕事は結婚と共に辞めた。  付き合っている間から、互いの将来のことはたくさん話していた。  だから、結婚に至ったのも必然的だと思っていたし、それが永遠に続くものだと思っていた。  けれど、違った。  息子を出産し、どうしても迎えに来れないというので、一人で産院を退院した。  まだ猿のような赤子をだっこして、産後のガタガタの身体でタクシーを降り、家の鍵を開け、頭が真っ白になった。  女性ものの靴がある。  もちろん、旦那の靴も。  玄関の正面にある寝室の扉の向こうから聞こえる、ベッドの軋む音。  気持ちよさそうに喘ぐ、女性の声。  壁の向こうの光景を想像し、全身がぞわっとした。  けれど、どうしていいのか分からない。その場に立ち竦んでいると、さっきまですやすやと寝ていた息子が目を覚ました。  息子の泣き声に、扉の向こうの音は全て止み。  代わりに、がらりと開いた扉から、旦那が顔だけこちらに出したのだ。 「あれ、お前帰ってくるの明日じゃなかったっけ?」  何も言えなくて、泣き出した息子にも申し訳なくて、勝手に涙が溢れた。  肩掛けにしていた入院の荷物は肩から外れて、玄関の床にパタリと落ちた。  ただ、息子の泣き声だけが玄関に響く。  しばらくすると、小柄な女性が面倒くさそうに寝室から出てきた。  垂れた前髪を大きく掻き上げるのは、かつて仕事仲間だった後輩。 「嘘……」  彼女は嫌悪感いっぱいにこちらを睨みながら、一言も発さずに靴をさっと履き、そのまま玄関から出て行った。
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