15人が本棚に入れています
本棚に追加
「木塚、お昼一緒にいい?」
翌日の昼休み、春斗がいつものように自席で弁当を広げようとしているところへ、伶央は声を掛けた。
そのことに、教室中の衆目が集まる。一瞬静まりかえり、その後すぐにざわめきが戻った。
春斗の返事を待たず、伶央は春斗の前の席の椅子に勝手に腰掛け、朝駅前で買って来た惣菜パンを置いた。
周囲からは好奇の視線、正面からは無言の抗議をひしひしと感じつつ、すべてをシャットダウンして伶央はパンのビニールをペリペリ剥がす。
「俺はまだ返事をしてない」
「昨日の続きしようよ。知りたいことまだあるでしょ?」
「……別に。元気そうならいい」
素知らぬ顔で弁当箱の蓋を開ける。
卵焼き、ウインナー、プチトマト、ブロッコリー、小さく切ったフライが詰められているのを眺め、春斗がご飯にふりかけをかけるのを見守っていると、きろっと睨まれた。
「見るなよ」
「お弁当いいな、美味しそう」
春斗の邪険な態度をまったく意に介さず、にこにこ笑ってみる。
常であれば伶央はここまで入り込まない。友達はその場限りの関係で充分だから、相手の反応次第で一歩退き、深追いはしない。
だが、春斗だけは別だ。前の日廊下で一人残された後も、自転車にまたがり帰宅する道すがらも、自室で勉強しているときも、彼のことが気になって仕方が無かった。
今までどおり傍観者に戻ることも出来たが、距離を詰めたいという願望が勝った。
「ほんと? でもさ、もう少し知りたくない? 俺もそこまで先生と親しくしてたわけじゃないけど」
一晩考えたのだ。普段クールな春斗が木塚葵のことになると目の色を変える。傍目からも分かる目の輝きと、その奥に秘めるどろりとした強い感情。
おそらく触れられたくないことなのは火を見るより明らかだが、伶央が付け入る隙はここしかない。
叩けよ、さらば開かれん。
「なにが目的?」
「仲良くなりたい」
「なんで」
無表情の仮面がはずれた。
伶央は、戸惑う表情を晒す目の前の優等生に、最上級の笑顔を向けた。
「ここで言ってもいいの?」
素知らぬ風を決め込みながら、男子も女子もクラス全員が二人の会話に注目している。そんな中で込み入った話を、春斗が許容するはずがなかった。
「……わかった。じゃあ放課後」
入学してからずっと、孤高を保ってきた春斗の態度の軟化に、クラスメート達の驚嘆のため息が密やかにこだまする。
そんな中、春斗は居心地が悪そうに少しだけ顔をしかめた。
最初のコメントを投稿しよう!