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そのまま二人は住宅街から大通りへ、長い距離を無言で歩いた。
せっかくの道程をほとんど話せなかったのは、春斗と自転車を押す伶央が横に並んで歩けるほどの道幅が無く、多くの場所で縦に並ぶ羽目になったからだった。それでも伶央は自転車を押した。乗ってしまうと左側通行になるから春斗と並んで帰れない。重労働だし無言続きなのは勿体ないと思うものの、一緒に歩いているだけでよかった。
「伶央、でいいよ」
駅近くの横断歩道の手前でようやく何度目か横に並び、ぼんやり信号待ちをしているとき、できるだけ自然に聞こえるように、伶央はさらりと口にした。
「その方が呼びやすいでしょ。東瀬、っていつも言いづらそうだから」
「言いづらくない」
「滑舌が甘くなってる。あずしぇ、って聞こえる」
意地悪な指摘に、春斗はばっと口に手を当てた。その仕草が可愛くて、伶央は助け船を出した。
「なんてね。名前で呼んで欲しいだけだよ。俺も名前で呼べばお相子だし、気にならないでしょう」
「気になる」
「まあまあ。木塚って呼ぶと先生を呼び捨てにしてるみたいで気が引けるから、俺を助けると思って」
葵を引き合いに出せば、折れる事は分かっていた。
弁慶の泣き所は最大限活用させてもらう。
「ハルって呼んでいい?」
「だめ。それはだめ」
一考する間もなく即座に拒まれたことが意外で、伶央は自分を落ち着けるため、にやりと笑って見せた。
そんなにむきになって止められると思わなかった。
「じゃあ、春斗は? 呼び捨てよりもニックネームの方が抵抗が無いかと思ったんだけど」
春斗は再び黙り込んでしまったが、断られなかったという免罪符を得て、伶央は満足感で一杯になる。名前で呼び合えば、また皆の注目を浴びてしまうだろうことが煩わしくもあったけれど。
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