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見過ごせなかった。
一言でいうとこれに尽きる。自分のことを聖人君子だなどと思った事は一度もなかったし、それどころかどちらかといえば面倒事を避ける卑怯な人間だと思う。
その自分が珍しく口を挟んだ。それほどに攻撃が執拗で度を越していた。
攻撃の対象になっていたのは同じクラスの伊織和巳。教室の片隅で大人しくしているタイプの生徒で、それまで目立つ要素は無かったが、唯一、二年生の秋に大手新聞社主催の写真展に入賞し、校内で表彰された時からあからさまに嫌がらせを受けるようになった。
机の抽斗にしまっている本やノートが切り裂かれ、ロッカーの中身がばらまかれた。美術室前の廊下に掲示されていた、入賞作品のレプリカがカッターで切られたことを受けて、とうとう校長が校内放送で叱責のコメントを発したが事態は余計にエスカレートするばかりだった。
ある日の昼休み、伶央は購買でパンを買った帰りに、同じクラスの四人の男子生徒が伊織を取り囲んでいるのを見かけた。後から思えばこの時、騙してでも誰かを誘うか、若しくは誰でもいいから教師を探して立ち会ってもらうなどすればよかったのだが、放っておけずに一人で乗り込んで行ったのだった。
そして、地面に転がされて足蹴にされている伊織の姿を見て、頭に血が上った。反射的に前に飛び出し、何の策も講じずただ庇った。
クラスの中でも普段一緒に居ることが多い藤本や栗原が相手だったから、自分は安全圏に居るという甘えもあったのかも知れない。
「もういいだろ。ここまですることないじゃん」
「どういうつもりだ、東瀬」
「こんなの意味ないだろ」
伶央の言葉に、藤本は冷笑を浮かべた。
口角は上がっているのに目つきは鋭く、対峙する伶央の背筋を冷や汗が伝う。それでもまだ高を括っていられたのは、思わぬ介入に水を差された藤本らが「意味だってさ」と笑いながらあっさり去って行ったからだった。
「大丈夫か。立てるか?」
倒れ込んでいた伊織の背に手を当ててゆっくり抱き起こした伶央は、骨折していないことだけを確認すると、身体を支えながら保健室へと向かった。
「ありがとう。でも、大丈夫?」
体重を預けることに遠慮し、なんとか自力で進もうとして果たせていない伊織は、上がる息を堪えながら伶央に尋ねた。
「なにが」
「俺の味方なんかして。何かされるんじゃないか」
このときの伊織の不安が的中するのを、伶央は翌日から身をもって実感することになった。
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