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スマホに伊織和巳の名前を表示させ、しばらく見つめ続ける。その間、何度か画面がブラックアウトしたが、伶央はとうとう意を決して電話を掛けた。
コール音が鳴り、四度目を数える頃、やはりやめれば良かったとくじけて切ろうとするのと、「はい」とレスポンスが聞こえてきたのがほぼ同時だった。
『もしもし?』
「……」
自分から掛けたくせに、この後に及んで回れ右をしたくなる。あの場から逃げるように転校した後、ずっと伊織に連絡を取っていなかった。
『東瀬、だよね?』
電話番号の交換をしたのだから、伊織のスマホに伶央の名前が表示されたのだろう。それなのに、伶央は虚を突かれ、「うん、そう」と間の抜けた返事をした。
「元気か?」
『元気?』
同時に尋ねてしまい、同時に苦笑する。
『ごめん、掛けてきてくれたのに、俺が喋っちゃって』
「いや、……」
電話のせいか、心なしか伊織の声が明るい気がした。
「あれからどうしてる?」
先に逃げた方が問うには無責任で無遠慮な言葉だったが、伊織は気を悪くした風でもなく、「なんとか」と答えた。
『なんとかやってるよ。東瀬は? 新しい学校はどう?』
「うん、まあ。もともと俺、転校慣れてるし」
『そっか。それなら安心。東瀬ならすぐに友達出来そうだしね』
伶央が伊織を庇ったあの日、伊織が怪我をしたことでそれまで隠していた一連の事実が彼の家族に知れた。翌日、伊織の父親が校長室を訪れたことで、主立った生徒数人とその父兄が後日呼び出され、話し合いの場がもたれた。
三年生に進級した際、伶央と伊織は彼らとはクラスが離されたが、まったく効果なく、二人とも変わらず陰湿な嫌がらせを受け続けていた。だから伊織の「なんとかやっている」という言葉を楽観的に捉えることは難しかった。
『電話くれてすごく嬉しい。俺、何回か掛けようとしたんだけど、勇気が無くて。東瀬はもう忘れたいだろうなと思ってたから』
そのとおり、卑怯な自分は、その後のことが気にはなりつつも連絡を取って来なかった。突然の転校の本当の理由を気にして、伊織からは自分にアクションを起こさないことは分かっていたのに。
「……実は、頼みがあってさ」
こんなことでもなかったら、果たして自分は伊織に電話をしただろうか。
『なに、なんでも言って』
そして、伊織が断らないことを承知の上で、最低なお願いをする。
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