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「もういいでしょ。俺の質問への答えは?」 「ああ。勿体ぶる気は無かったんだ。ごめん。木塚先生には前の学校で世界史教わってて」  告げた途端、明らかに春斗の顔色が変わり、再び瞳が爛々と輝き出した。それでも平静を装おうとしてなのか何度か奥歯を噛みしめているが、まるで成功していなかった。 「……前の学校。……あ、そか、東京の」  生命の火が宿ったような表面とは裏腹に、消え入りそうな小さな声で呟くのがバランスを欠いていて危うさを感じる。 「一人退職した先生が居て、その人の代わりに去年の十二月に着任したんだ。先生はクラス担任とかはしてなくて、……大丈夫?」  廊下に立ち止まって話しているのに、歩き出そうとしたのかふらっと春斗の身体が揺らいだのを咄嗟に支えた。 「貧血?」 「大丈夫。それで?」 「ちょっと壁に寄りかかれ」  腰を支えた手で誘導すると、はたかれはしなかったが苛々と外された。 「いいから続けて」 「いや、それだけ。クラス担任はしてなくて教科だけ。俺の学年は世界史で、一学年上はなんだっけな。臨時だから三月までかと思ってたけど、新学期になってもそのまま残った」 「……そう。どんな様子?」 「え、まあ、普通」  壁にもたれた春斗は、「そう」と息を漏らすように呟くと、みるみる視線を落としていった。  そうしている間に、薄闇に沈んだ廊下はますます色を濃くしてゆく。 「木塚は先生とどういう関係?」  誰も通りかからないのをいいことに、伶央は壁に両手を突いて春斗を腕の間に閉じ込め、ストレートに切り込んだ。  背の高さは一七五センチの自分と同じくらいだが、ウェイトは伶央の方が上だろう。反撃されても多分押さえ込めるし、たまたま誰かに見咎められたとしても何とでも言い逃れできる。 「先生がどんな様子かは別の質問でしょ。それに答えたんだから、俺からももう一つ訊いてもいいでしょ」  さっきまで生き生きと輝いていた瞳は、またいつものガラス玉に戻り、伶央に冷ややかな目を向ける。ただそれだけでツキンと胸が痛んだ。 「先生がこの学校の出身なのは分かった。それで木塚と同じ苗字ってことは、親戚かなにか?」 「……父さんの弟」 「へえ。それならなんでこそこそ卒アルなんて眺めてるの。近況だって本人に聞けばいいんじゃない?」  無邪気に問うには人の内情に踏み込みすぎた内容だった。 「質問は二つずつでイーブン。三つ目は無しだ」  春斗は伶央に冷たく吐き捨てると、両腕の囲いから素早くすり抜け、鍵を返すべく職員室に向かって走り出した。
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