魔法使いの浜

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「なんだって、こんなことになっちまったのかなあ」  俺は砂浜を蹴飛ばした。 「済んだことをくよくよしたって仕方ない。男四人。仲良くやろうぜ」  秀忠は明るい調子で言ったが、今回の言い出しっぺはこいつだ。こいつが同僚四人で釣りに行こうと言い出したから、俺たちは遭難した。 「そうですよ、先輩。悔やんでも仕方ないっすから。まずは落ち着いて、状況を整理しましょうよ」  この中では最年少にあたる由太が、茶髪をかき上げながら、仲介役を買って出ようとしている。俺に言わせれば、こいつだって悪いんだ。船舶免許をとったから、クルーザーを借りてきますなんて言い出さなければよかった。ろくに運転もできなかったじゃないか。そのせいで、クルーザーは転覆したんだ。 「そうだな。まずは、助けが来るまで耐え忍ぶ方法を考えないとな。見渡す限りの海と、背面にはジャングル。こんなにベタベタな無人島があるもんかね」  直紀はびしょ濡れのTシャツで眼鏡を拭いている。なんの役にも立たない分析結果を披露しているが、こいつも悪い。風が強くなってきたから戻ろうと提案したのに、大丈夫だろと釣りを続けた。自然をなめるから、こんなことになったんだ。 「とにかく、火と水の確保が最優先だな。何日野宿することになるか分からん。浩、頼めるか」 「え、なんでだよ秀忠。なんで俺なんだよ。てか、お前が仕切るなよ。俺は釣りでもして食料を準備するから、他のやつが火を点けろよ」  俺にライフラインの確保をさせたかったようだが、そうはいかない。木を擦り続けないといけないんだろ。大変そうじゃないか。  俺は一番楽そうな魚釣り担当だ。 「いいっすよ。俺がやりますよ」 「いや、後輩にそんな大変な仕事は任せられない。直紀、頼むよ」 「別にいいが、なんで自分でやらないんだ?」 「確かに、何か隠してるんじゃないのか。だいたい、今回の発案者はお前だろ。お前が責任とれよ」  直紀の疑問に俺が加勢する。秀忠の態度はどこかおかしい。 「やめましょうよ。言い過ぎっすよ。緊急事態なんですから仲良くしましょう」 「由太、いいんだ。じゃあ、こうしよう。仕事を四つに分けて、じゃんけんで勝ったやつから、好きなのを選ぶ。これなら公平だろう」 「ちっ。まあ、文句はねえよ。じゃんけんほど公平な勝負はないって言うもんな」  いまだに秀忠が仕切っているのには納得いかないが、じゃんけんなら文句はない。俺はこの世で唯一、じゃんけんだけは信用しているのだ。  それに、俺はこいつらの能力を知っている。童貞のまま三十歳を迎えると発現する、忌まわしい能力。『魔法』。  俺たちは直紀一人を除き、みんな童貞だ。三十歳も超えている。魔法使いだ。  他の社員には秘密にしているが、俺と秀忠、由太の三人は、各々の魔法の詳細を公開しあっている。その中に、じゃんけんで有利になりそうな魔法はない。 「じゃあ、仕事分けですよね。火おこしに一人、飲み水の確保に一人。他には?」 「食材確保のために海とジャングルの探索だな」  直紀が眼鏡をくっと上げてみせた。 「そんなところだろうな。浩もそれでいいよな」 「まあ、いいんじゃね」  俺が狙うのはもちろん、楽そうな海の探索だ。 「せっかくだから、トーナメント式でやらないか?そっちのほうが、熱が入るだろ」 「……好きにしろよ」  吐き捨てるように、俺はそう言った。トーナメントのほうが一度の負けですべてを失わないで済む。全員でやって、最初に俺だけ負けてしまったら、暴れ出してしまうだろう。 「じゃあ、まず、グッパだ。」  結果、俺は秀忠と一回戦を行うことになった。当然だが、もう一試合は由太と直紀が戦うことになる。 「いくぜ、浩。恨みっこなしだ。俺はパーでいかせてもらう」 「いいぜ、秀忠。俺もパーを出す」  お互いの手のひらを見せつけあった後、ぐっと握りこむ。 「じゃんけん、ぽん」 「くそうっ!」  俺は砂を蹴って、叫び声をあげた。俺が出したのはグー。秀忠はパーだった。 「くそっ、くそっ、くそっ」  何度も何度も砂を蹴った。海の中へ砂がおち、波に飲み込まれる。 「よし!」  その声に我を取り戻す。振り返ってみると、直紀がガッツポーズをしている。よほど嬉しいのか、跳ね回っているせいで眼鏡が飛んだ。 「じゃあ、このまま決勝戦だ」 「望むところ。この勢いのまま勝たせてもらう」  直紀は眼鏡を拾い、ふっと息を吐いて砂を飛ばした。 「じゃんけん、ぽん」 「よっし!俺は海の探索をさせてもらう!」  そう叫んで、直紀は海へダイブした。 「じゃあ、俺は森の探索な」  意外だった。秀忠が選んだのは森の探索だった。この仕事はかなりの危険をはらんでいる。俺たちは海パンを履いていて、みんな膝から下がむき出しだ。こんな状態で森に入れば、どうなるか分かったもんじゃない。  献身的な性格?違う。秀忠はただの馬鹿なんだ。  一番やりたくなかったものが無くなり、少しほっとした。  こうなると、火おこしのほうが楽だろう。点けるふりさえしておけば、言い訳ができる。 「じゃあ最後。三位決定戦な」 「先輩だからって、手は抜きませんよ」  拳を握った由太がにじり寄ってくる。 「生意気言うなよ」 「じゃんけん、ぽん」 「ぐあっ」  俺はまたしても砂を蹴った。 「じゃあ、由太が三位、浩がドベな」 「じゃあ俺、火おこしもらいますね」 「水汲み、頼んだぞ」  秀忠が俺の肩を叩き、二人は行ってしまった。
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