魔法使いの浜

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 あれから何時間くらい経っただろう。  俺は波間に打ち上げられていたポリタンクを使い、海の水を確保した。とはいえ、これだけでは飲めないので、これまた落ちていたペットボトルを使って、簡単な浄水器を作った。  やってみると意外に楽しく、森の探索を選んだ秀忠はやはり馬鹿だと思った。 「秀忠先輩、遅くないっすか」  由太がやってきた。背後では火が燃えている。こいつ、どうやら火付けに成功したらしい。 「そうだな。日もかなり傾いてきた」  直紀がやってきた。手に持っているぼろぼろのバケツには、魚や貝がいっぱいに入っている。 「大丈夫だろ、そのうち帰ってくるって」  余裕のあるところを見せようとしたのだが、二人は渋い顔をしている。 「そんなに心配なら、二人で見て来いよ。俺は嫌だぜ。足が傷だらけになるのは目に見えてる」 「それは俺も嫌だな」  眼鏡の直紀も賛同してくれた。 「え、そんな。この流れで俺だけ行くのは嫌っすよ。じゃあ、こうしましょうよ。あそこに落ちてる椰子の実に、ここから石を投げて、最後まで当てられなかったやつが森に入る。どうですか」 「はあ?なんでそんなこと」 「俺はいいぞ。退屈してたしな」  直紀はそう言い、すでに手ごろな石を拾い始めている。 「二対一っすね」  そう言うと、由太も小石を拾い始めた。 「くそっ。ずるいぞ」  慌てて俺も小石を拾い始める。  数分後、三人が小石を拾い終わって、再び同じ場所に集まってくる。 「こっからでいいっすよね」  由太は足で砂浜にラインを引いた。 「そういえば、不利にならないように、皆さんにも椰子の実までの距離を伝えておきますね」  このときになって思い出した。そうか、こいつの魔法は、自分と対象の距離を正確に測ることができるんだった。しかも目の前にあるものだけじゃなく、対象を思い浮かべるだけで測ることができるらしい。 「魔法、目視巻き尺」  そう言うと、由太の目の周りの血管が浮かび上がる。かなり筋肉を使うらしく、連続で使うと目の周りが痙攣し始めると言っていた。 「5.14メートルっすね」  由太は額の汗を拭った。 「本当かよ。嘘ついてんじゃねえのか」 「やめろ。それに、距離が分かったところで、当てられるわけじゃないだろ」 「嘘じゃないっすよ。歩幅で測ってみてくださいよ」  ためしに大股で歩いてみた。俺の一歩は約一メートル。五歩目で俺の足は止まった。 「まあ、だいたい5メートルか」 「おい浩、疑ったんだから謝罪しろ」 「この状況だぞ。疑り深くもなるだろ」 「だからって謝罪しなくていい理由にはならないだろ」  今にも掴みかかってくるのではないかと思われた直紀の前に、由太が立ちふさがった。 「やめてくださいよ、直紀先輩。自分は大丈夫っすから。たかがゲームなんですから。早く済ませましょう」 「ちっ」  直紀は舌打ちして引き下がった。 「舌打ちしたいのは、こっちだっつーの」 「まあまあ。落ち着いて。こういうとき、仲間割れは最悪のパターンっすから。肝心の投げる順番っすけど、年功序列でどうっすか。」  年功序列なら、俺、直紀、由太の順になる。こういうのは、先に当てて抜けてしまうのが得策だ。 「俺はいいよ」 「俺も。なんでもいい」  順番を決めるときに、ひと悶着あるだろうと思っていたが、すんなりと決まった。  ずっと拗ねてればいい。そっちのほうが俺に有利に働きそうだ。 「浩先輩。投げてもらっていいっすよ。その線から出ないように」  俺は第一投を投げた。山なりに投げられた石は、椰子の実より手前で落ちた。 「くそっ!」  またしても砂浜を蹴った。 「さっきから、くそばっかりだな」  直紀は俺を押しのけるようにして、位置に着いた。 「いいか、こういうのはな、こう投げるんだよ」  片足を上げ、石を投げた。石は直線軌道を描き、まっすぐ椰子の実に当たった。  そうか、こいつ、高校時代まで野球部でピッチャーだったんだ。 「お前、経験者じゃねーか。卑怯だぞ」 「投げた後に言うな。そのほうが卑怯だ」  一抜けた、と言って後ろに下がってしまう。  残すは俺と由太のみ。 「頼む、外してくれ」  心の中で願えばいいことを、俺はあえて口に出して言った。 「ほっ」  間抜けな声とともに、間の抜けた放物線を描いた石が飛んでいく。 「はい、外れー」  俺は指をさして笑ってやった。 「マナーの悪いやつがいるなあ」 「次、早く投げてください」  由太はむすっとして言った。 「どけっ」  俺は由太を押しのけて、投げるための構えをとる。 「これくらいだろ」  さっきよりも強めに投げられた石が、椰子の実にこつんと当たった。直紀が投げたものに比べて勢いはないが、当たればなんでもいい。 「おらあっ」  俺は由太の前に行き、飛んだり跳ねたりして大袈裟に喜んでやった。 「ちっ」  直紀の舌打ちが聞こえた。 「じゃあ、行ってきます」  下を向いてうなだれたまま、由太は森へと入って行った。  もとはと言えば、あいつがクルーザーの操縦を誤ったんだから仕方がない。
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