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 木々の精霊の声は一人になると聞こえてきた。それは母の子守歌にも似て、優しくも力強い。  森を走る水脈の位置には幼いころよりなんとなく気が付いていた。そしてこの国を邪気から守る鎮守の森々は葉脈のように地下で水脈同士が繋がっているとも。水の魔力を持つものが分断された部分をつなぎ合わせていけば、この地はきっともっとよくなる。 (俺にその任をお与えください。水の魔力を得たならば、秀瑛と共に森を守り、国を守る礎となりましょう)    水が地表に上がり木々に恵みをもたらすような想像を巡らせれば、講堂を包む森全体が一つの生き物のように雫の祈りに呼応してざわめく。そして魔石までもがその響きを楽しがるように鮮やかな光を放った。  中でもひと際強い光を放ったのは青空のような、それともなくば泉のような見るものの心を爽やかな気持ちにさせる色合いの魔石だった。    魔導学長がオーブの蓋に手をかけると、場内みな息をのむ。  雫はあの日二人で見上げた蒼穹のような青い青い石に指を伸ばす。そして迷いない手つきで摘まみ上げた。  石は清らかな光をそのままに、空には俄かに雲がわき起こり、ばらばら、じゃあっと雨が降り出した。この時期には珍しいほどのたっぷりとした雨粒に土の匂いが立ち森から運ばれてくる。  窓から聞いたこともないような不思議な音が聞こえてきて、森の精霊が喜びと祝福の歌を人々は初めて聞いた。  稀有な水の魔導師の誕生に、感嘆の声が広がる。  心臓の鼓動とともに、身体の中に今は今までよりはっきりと魔力の流れを身体の隅々まで感じることができた。  緊張から来る震えで病でも得たかのように足ががくがくと震える。  ふらふらになりながらも振り返った雫の目に飛び込んできたのは、今まで見た中でもっとも清艶な笑顔を見せた友の姿だった。 (もういいよな、もう、もう)  今まで小さく押し殺し潰してきた感情を爆発させて、雫は堂内にあまねく響き渡るほど友の名を絶叫する。 「うわあああ!!! 秀瑛、しゅうえいぃ!」 「雫! やはりお前は私が見込んだ男だな」 「目、目は大丈夫なのか?」 「ああ、お前の泣きべそ顔がよく見える」  顔も体も泥だらけの自分が純白の礼服を身にまとう友の傍にいるなどおこがましいなどと思っていた迷いなど、清々しい友の笑顔を前に吹き飛んでしまった。  青い魔石を握りこんだままの手を友の背に回し、力いっぱい抱き着くと、彼はすっかり背が伸びてすっかり勝手が違っていた。 「お前、ちょっと見ないうちに大きくなったな」 「雫はしっかり食べているのか? なんだか縮んだな」 「ぬっかせ!」 「こほんっ」  魔導師学長の大仰な咳払いつられ、周りを見れば、小綺麗な子供たちは腰を抜かして座り込み、呆気に取られて二人の様子をただただ呆然と眺めていた。 「秀瑛様。貴方の誓約はここに聞き届けられた。そのものの後ろ盾には、生涯この私がなりましょう」    平民の少年には破格の申し出と言えたのだろうが、秀瑛は当然だといった顔で友の肩を抱いて魔導師学長に一言申した。 「そのもの、ではありません。私の自慢の友の名は雫、といいます」 ※※※  その後、雫と秀瑛の名はこの国で「守護魔導師」と謳われ尊敬とともに語り継がれることになるのだが、今はまだ再会と身体に満ちる魔力の余韻に興奮が冷めやらぬ彼ら自身ですら知る由もない。  水と炎、一対の魔導師が誕生した瞬間、雨は上がり、天から眩い梯子のようにまっすぐに光が差し込み、大きな虹が二重に空にかかった。                                                                   終  
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