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 広大な離宮の森には選ばれた貴族の子女が集う魔法の学び舎がある。  滴る緑の中、今まさに幼い学びの徒が魔力を授かる儀式の真っ最中であった。  壇上に立った魔導師学長の元、少年が荘厳な装飾がなされたクリスタルオーブを胸元からゆっくりともち上げる。小さな掌に余るそれを恭しく額の上に捧げ持った。  するとオーブの半ばまで満たされていた魔石がひと際明るい光を放ち、周囲からどよめきが沸き起こった。 「おお、流石は第三王子。兄上方に劣らぬ強い魔力の素養をお持ちだ」  脇に控えた魔導師のおべっかに弟王子が得意げな顔でこちらを見やったが、秀瑛は「凍てつく炎」の様と称される美貌を崩さない。神秘的な紫色の瞳を僅かに細めただけに留めた。  弟は何事も自分中心でなければ気が済まぬ性分だ。にこりともせぬ兄の様子に不満げに頬を膨らませた。しかし儀式を取り仕切る魔導師学長に「殿下」とたしなめられ、慌てて正面に向き直る。  秀瑛も自分が近寄りがたい雰囲気を放っているという自覚はある。それでよいとも思う。かつてこの儀式に臨み、過剰な火焔の魔力を得た時から、周囲を傷つけぬ為いかなる時も心を乱さぬことを己に課して来たのだから。  だが今日は違う。周囲が気が付かずとも、秀瑛自身は分かっていた。  森に向かって開け放たれた窓から心が落ち着く香りがするのに、友と交わした約束を前に気分が高揚し、ざわざわと落ち着かない。  魔力の制御の為深い森の奥で心身の鍛錬を積んだのち、城に戻って半年。  長らく開けていた生まれ育った城に戻った時よりも、今の方がずっと『帰ってきた』気持ちになれるから不思議だ。 (お前が約束をたがえるはずがない)  待ち人の姿は見えずとも気配を感じるだけでまた胸が高鳴る。それを押し殺すのはなんと難しいことだろう。  緑の中に視線をやるたび、紫色の虹彩の中、時折炎の舌がちろりと揺れた。 (近くにいるのだろう? 雫)  心の中で友の名を呼ぶだけで、乾ききった地表に透き通った水が滾々と湧き出て潤し広がっていくように感じる。  国土の北にある山脈渡りの風は、からからと水気を空気や地表から奪い、邪気をも運ぶ。  そのためこの国では古くから邪気をから民を守る鎮守の森を育む恵みの力を持つ、希少な『水の魔力』持ちの誕生に期待を寄せてきた。  桁外れの炎の魔力を持つ秀瑛にとってもまた水の魔力は特別な意味をなす。  こうして感情を押し殺さずとも水の魔力を持つものが共にあるならば、炎の魔力もまた浄化の火として抑制が効くようになるのだから。  だが今日この儀式に挑んだ貴族の子供の中に水の魔法を発現できたものはなく、残すは第三王子の番を待つばかりとなった。  弟は自信満々に「私が水の魔力を手に入れて見せます」と言い放っていたが、秀瑛はそうは思えない。  (まっすぐな心根と、他者を癒し育む気配のあるものにしか、水の魔力は生まれない)  そんな確信があるのは、その理想を体現している相手ともうすでに出会っているからだ。
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