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 期待に満ちた視線が注がれる中、魔導師学長は皺だらけの手で綺羅ぎらしいオーブの蓋をゆっくりと開いた。 「いよいよですぞ」    魔法学院の講堂は大勢の人であふれているとは思えぬほど、しんっと静まり返る。  この「共鳴の儀」で魔石と人とが響きあい、結果覚醒を促される魔力の『質』は一生涯に渡り変わらない。  日ごろからきかん気が強い第三王子は魔石の光を瞳に映し、こみ上げる欲に薄く微笑んだ。 「さあ魔石に触れてみてくだされ。貴殿と呼び合うものがきっとこの中にあるはずです」  おのずと指先が深い湖水を思わせる爽やかな青い魔石に吸い寄せられるが、人差し指で触れた途端に魔石は輝きをしゅんっと失った。さざ波のように嘆息が広がる。  弟が顔を歪めるさまを秀瑛は静かに見守っていた。 「……っ!」  落胆する間もなく軽く握った他の指が魔石に触れ、途端に太陽のような輝きが瞬く。 「おお、これは。光の魔石。聖なる光が……。素晴らしい」    聖なる輝きで禍々しきものを制する光の魔法もまた、水の魔法ほどではないが数少ない才能といえ、周囲に感嘆の声が上がる。    そんな一連の儀式を開け放たれた窓の外、柱の影から見つめるものがいた。 ※※※ (やっと会えた)  講堂にひしめく、銀糸金糸で家系に由来の花の刺繍が縫い取られた純白のローブを纏った少年少女達。その中でもひと際背が高く凛々しい友の姿は、記憶の中より少し大人びて見えた。  対する自分は焦げ茶の上下にすすけた緑の前掛け姿。森の中で共に過ごしていたころは秀瑛相手にも恥ずかしいと思ったことはなかったが、厳粛なこの場で明らかに粗末な身なりは不釣りあいだ。胸がぎゅっと苦しくなる。  一日千秋の思いで待ちわびた再会であるのに、手を伸ばせばいつでも触れ合えたはずの友との距離はこんなにも遠い。    今までだって友と自分の身分の差は天と地とも違っていたはずだ。 (どうしてだろ、あの頃は秀瑛とずっと一緒にいられるって信じて疑わなかった)  同じ未来を語り、共に見上げた森の向こうの青い空の下、いつか二人で国中の鎮守の森を訪ねて歩く夢もあった。共に暮らした日々の中では、二人の心はいつでも隙間なくぴったりくっついていたのだ。  『六度月が欠け満ちた時、再び会おう』  先に森を出た友の力強い声が、不安になるたびに蘇った。   それを道標に必死の覚悟を持って広大な森の端からここまでやってきた。  だが雫はこれほど多くの人を見たのは初めてで、足がすくんであと一歩前に踏み出す勇気が出ない。 (ごめん。秀瑛……)
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