こねこのワルツ

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こねこのワルツ

 ものすごい不協和音。いうか、雑音、ノイズ、耳障り。  ショパンのワルツ集から、比較的難易度の低い変ニ長調Op.64-1、通称「小犬のワルツ」を弾いていたけど、全然「小犬」感がない。犬ですらなくて、カバかなんかのワルツのよう。カバに失礼か。  で、わたしはつい苛立って、ジャズ・ピアニストの山下洋輔さんみたく、なんの罪もない鍵盤に肘打ちしてしまったのだった。  偶然、かなり安価で入手できたプレイエルのピアノ。そう、プレイエル社のピアノは、ショパンも愛していた逸品。  子猫のワルツなんてなぜないのだろう……小犬はあるのに……。 「あるよ」  と後ろから声がした。  防音室に人間はわたし一人。  猫にとってはうるさいかもだけど、飼い猫のゲーテを一緒に連れてきて、ソファの上に寝かせている。  振り向くと、見事な鉢割れ模様のゲーテがこちらを見つめ、話している。 「本当に雑でものぐさなんだなぁ、おれのご主人様は」 「なんですって!?」 「ググればいいのに──『華麗なるワルツ』ヘ長調Op.34-3、これ『子猫のワルツ』って別称もあるんだよ」  へへん、とゲーテは得意げ。  ゲーテのそばに置いたスマホで調べると、たしかに『子猫のワルツ』と呼ぶ場合もあるみたい。  それより!  ゲーテが突然話しはじめても、わたしは驚かなかった。猫は一生に一度、飼い主に話しかけることができるらしい。  漫画家のTONOさんが描いていたけど、飼い猫が「フコイダン!」と言ったそう。 「もう一度、落ち着いて、小犬のワルツでも子猫のワルツでも弾いてみたら」  そうね、とわたしはショパンコンクールでも採用されているエキエル版の楽譜を見つめながら、スマホに入れたシプリアン・カツァリスの演奏を聴いてみる。  ちなみに、小犬のワルツはツェルニーの三十番あたりを学んでいたら弾けるレベル。子猫のワルツことOp.34-3はもっと技術と経験が必要。  おもむろに、そのOp.34-3を弾き始める。  なんてことかしら……!  難しいけどそれなりに弾ける!  わたしはゲーテに向かい、弾けたよ! そう声をかけたのだけど、ゲーテはいつもの「にゃあ」と「ぎゅう」が混じった声に戻っている。  もう一度、弾き直すとあんな運指はできない。  でも……!   指の感覚がなにかちがう。  がんばればなんとかなりそう。  ゲーテ、ありがとう。            【了】    本作品は西令草さまに献呈いたします。  #西令草年末年始企画、がなければ書けなかった作品です。    2024.01.03 M.M.
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