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 コルネリアは光り輝く金髪を結いあげ、緋色の最高級のドレスを着ている。髪のザイテンシュテッテン・イエロー色は貴族である前にウィーン市民でもあるフランツたちの目を楽しませた。それはまるで美しい花を愛でる婦人たちと良く似ている。その花と同じように彼女は招待客全ての眼を独占していたが、それに何も思わないのか悠々平然と主賓(イーレンガスト)のザルンツ氏の下へ歩いて行く。  「遅れて申し訳ありません、ザルンツ様」澄み切った、知性を感じさせる声だった。優雅な挨拶にその声の美しさ、誰もがため息を漏らす。  「よく来てくれた、コルネリア殿! ここにいる皆は貴女を讃える為にやって来たのです!」その瞬間、終幕の拍手と同じぐらいの拍手が起こり、ウィーンの街は今二度揺れた。  「ありがとうございます。舞台を降りてからも皆様のお顔を拝見する機会に恵まれたこと、幸運と光栄に存じますわ」  フランツは美しい彫像か絵画を見るように彼女を見つめた。つい一時間前に彼女のメディアを観たのに、あの恐ろしくも哀しいコルキスの魔女が実は女神にも負けるとも劣らない美しい女性だった、と誰が思うだろう。  「なんて綺麗な女性だろう……」思わず声が出てしまった。フランツは慌てて口を押さえ、バルト子爵を見たが彼は笑わなかった。  「ああ……まさしく『ミラノの花の女神(フローラ)』と謳われるに相応しい美しさだ。髪も唇もどの神話のどの女神よりも美しく光り輝いている。ポセイドンとネーレーイスの怒りを買っても後悔は無いぞ」  フランツは最後の言葉に噴き出した。笑いの余韻が消えると一つの疑問が心に残った。  「よくそのパトロンは彼女のウィーン行きを許可しましたね。コルネリア殿が国を離れたらイタリア中の歌劇場で閑古鳥が鳴いているのでは?」  「彼女たっての希望だと聞いたぞ。それにウィーンはまた音楽が盛んになった。歌劇場のみならず皇帝や市の主催の音楽会に顔を出したって良い」  「だけど彼女はまだ帝国ではパトロンを得ていませんよ」  「いやいや、見てみろ」フランツはバルト子爵の視線の先を見た。その通りだった。そこに彼女の姿は無く、大勢の男の黒い背中があるだけだ。それでも彼女がどこにいるかはすぐに分かった。黒色と白色、銀色の中でまるで太陽のように光り輝いている。彼らはまるで太陽神を拝む、かつてのエジプト人のように彼女に愛想を振りまいている。  「わたしには彼らの気持ちが分かるよ。彼女は美しい容貌の持ち主だ」バルト子爵の明け透けな下心を含んだ言葉にフランツは不意を突かれ、同時になんとも言えない気分の悪さを感じた。父、という男不在の家の中では聞くことの無い会話、声の色。屋敷は先代伯爵夫人である母が自分の領域(フレッヒェ)は勿論のこと、使用人と紳士たちのそれをも管理監視していて彼女のあずかり知らないことは何一つ無いほどだった。
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